素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒

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3巻

3-3

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「他に質問は」
「移動手段は徒歩? 馬に乗るのは?」

 背後の美人が素敵な笑顔で手を振っているから、一応聞いてやった。

「うむ……馬の性能で採取の速さが決まる場合もあるからな。乗り合いの馬車か、貸し馬ならば許そう」

 背後の美人が膝をついて落ち込んだ。お気の毒。
 すると、ワイムスが慌てて叫ぶんだ。

「今回はチーム戦じゃないからな! え、栄誉の竜王やドラゴンの手伝いは禁止だろ!」
「当然だ。タケルもいいな?」
「もちろん」

 俺自身が恩恵を受けている身だ。これ以上手助けがあったら勝負にならないだろう。
 仮に手助けしてもらうとすれば、クレイに生息地聞くだろ? プニさんに乗ってモーレツ滑走するだろ? したくないけど。ビーに警戒してもらって採取。転移門ゲートで帰って終了。
 だめだ、数十分で終わりそうだ。転移門ゲートを使うのもやめておくとするか。
 それはともかく、領主の奥方様は順調に回復したようだな。
 領主がなぜ奥方様に動物の抜け毛を贈ろうとしているのかはちょっと意味がわからないが、特別な思いがあるのだろう。
 それならばより良質なものを探そう。時間がかかっても構わない。そうしていいもん見つけて、恩売って、また風呂に入らせてもらう。
 勝負は……ついでで。
 準備ができたところで、ギルドマスターが声を張り上げた。

「よおし! それじゃあ行くぞ! 期限は三日後の夕刻、陽が沈むまで! 誰かに頼ったり金で解決したりした時点で失格だ! いいな!」
「「「うおおおおお!!」」」

 なんでこうなっちゃったんだろかと冷静にハニワ顔をしつつ、やる気満々で俺を睨みつけるワイムスに愛想笑い。
 余裕があるわけではないが、勝負事というのは焦るとろくなことにならない。やる気ばかりが空回からまわりして盛大にコケた徒競走。可愛いあの子に笑われた鼻血と秋の空。
 落ち着いて対策を練ろう。大丈夫だ。三日の猶予ゆうよがあるのだから。

「位置について! よぉーーーーーいっ」

 ぷっぷくぷー。



 3 開始・真剣勝負


 素材採取勝負の火蓋ひぶたは、間抜けなラッパの音で切られた。
 ギルド前では、公然と賭けが繰り広げられている。評判は悪いが曲がりなりにもランクBのワイムスと、最低ランクで経験も浅いが腕は良いと言われている俺。オッズは……五分五分なのかな。俺に期待している人がいるのか。大穴おおあなだと思っていた。
 俺は勝負の行方ゆくえはどうでもいいと思っている。そもそも誰かと競うとか争うとか、そういうのはこりごりなのだ。ノルマノルマノルマノルマの日々を思い出すじゃないかほんとやだ。
 ただ、俺がめたくそに負けると、これまで俺を信頼してくれた人たちを不安にさせるだろうし、がっかりもさせる。なので、そんな人たちのためにも、精一杯の努力をしよう。

「さて」
「俺は先に行く! 勝負はもうはじまっているんだからな。容赦はしないぜ!」

 ワイムスは、わき目も振らず大門を目指して走っていってしまった。彼はそれらしき動物を見たことがあると言っていたから、見当がついているのだろう。
 俺はといえば大勢が見守る中、何か言いたくてうずうずしているクレイとプニさんを置いて通りを歩く。急ぐ必要はない。慌ててはいけない。
 チームメイトの手助けは禁止されたから、会話は控えておこう。

「ピュイ」
「ドラゴンの言葉がわかることはバレないかもしれんが、それでも会話は最低限な」
「ピュィィ……」

 ビーは俺の見たものや知り得たものしか知らない。なので、レインボーシープも知らないだろう。人を頼らず、自分の経験と知識で戦う勝負。だが、先人の恩恵を受けるのはアリ。
 そう、まずは行政区にある図書館に行くのだ。
 知らないことは本を読め。前世ではそう教わったが、インターネットがあまりにも便利なため書物を開くことは滅多になかった。それに電子書籍ってありましてね。スマホでさくさく読めてしまうんだな。だから逆に、マデウスに来てから随分と読書家になった気がする。
 図書館にはモンスターや動物の図鑑がたくさんあるから、きっとレインボーシープの情報もあると見込んでいるのだ。

「こんちはー」

 ベルカイム図書館は広くて静かで清潔。町で一番落ち着ける場所。
 何せほぼ人がいない。文字を読める人が少ないため、常に閑散かんさんとしている。今日も人っ子一人いない。

「あら、タケルさん? 今日はどうしたのよ。確かギルド公認の大会に出ると聞いたわ」

 いつもいる受付の虎獣人、マイラさん。図書館の司書でもある。肉食な見た目に反してとても穏やかな性格の彼女は、この町では数少ない知的な会話ができる女性。
 ギルド公認の大会ってのは、素材採取勝負のことだろう。マイラさんまで勝負のことを知っているのかと肩を落とす。

「その、大会(?)中なんです。レインボーシープについて知りたいので、動物図鑑を読ませてください」
「まあそうなの? それじゃあ頑張りなさい」
「ありがとうございます」

 週に二、三回は訪れているいやしの空間。この図書館が収蔵しているすべての本は歴代のルセウヴァッハ領主が趣味で収集したもの。趣味で本を集めて立派な図書館にしてしまうんだから、金持ちってすごい。
 ちなみに、俺は領主のコネで閲覧料は常に無料。ただし、面白そうな本があったら報告しろと言われている。

「ピューィ」
「名前から察するに草食動物だと思うんだが、どうだろうな」

 図鑑などが集められた棚に近づき、さてどうしたものかと考える。
 動物図鑑はデカい上に頁数が膨大だ。貴重な文献だから手荒に扱うわけにはいかない。おまけに、名前順ではなく完全にランダムに記載されているから、探すのは一苦労。


 棚から図鑑を数冊取り出して机の上に並べる。
 最新版の図鑑でも、製本された日付は五年前。本を作る方法なんて知らないが、この世界では印刷機でぺぺっと簡単に作れるわけではないということは理解できる。
 さて、本について考えている場合ではない。俺には探査サーチ能力がある。何かを探し出す能力だ。だが、俺がこうしたいと思いつかなければ宝の持ち腐れ。猫型ロボットの不思議道具のように便利なのだが、どう使うかを思いつかなければすべて無意味になる。
 膨大な情報量の中から必要な情報だけを取り出す。そんな魔法はと、うーん、専門的すぎて頭が痛くなる。
 難しいことを考える必要はないんだよ。
 もっと簡単に、単純に考えればいいんだ。

「レインボーシープと七色ウール、この二つの文字が書かれてある本が欲しい。そうだよ、その単語を探せばいいんだ」

 ひらめいたらあとは簡単。本の前で探査サーチの応用。特定の単語だけを探し出す魔法。

「レインボーシープ、七色ウール、検索ブスカ!」

 イメージはパソコンのショートカットキー、Ctrl+Fだ。膨大な文字から探したい単語だけを抽出してくれる便利機能。
 相変わらず地味な魔法だが、上手く発動したようで分厚い図鑑のいくつかがほのかに光りだした。淡いピンク色が示す図鑑を手に取り、光が濃くまたたページを開く。


【レインボーシープ ランクD エプもくエプ科シープ亜種】
 アモフェル草を好んで食べる草食動物。
 性格は大人しく、群れで行動する。柔らかく弾力性のある毛をまとい、寒さの厳しい地でも生息できる。
 夏に抜け落ちる毛は七色ウールと呼ばれ、毛糸として加工可能。編み込んだ服は防寒具として重宝ちょうほうされる。
[備考]臆病であり、わずかな音にも警戒するため近づくことは困難。抜け落ちた毛は他の動物の巣材すざいとして利用されることが多い。希少。


「よし! 成功だ!」
「ピュイ!」
「えーっと、確かアモフェル草っていうのは、寒冷地に生える黄色い草だったよな」

 採取したことはないが、乾燥させたアモフェル草がトルミ村の倉庫に保管してあるのを見たことがある。冬場になるとあちこちに生えてくるから駆除するのが大変なんだ、と村人が言っていた。寒さに強く、どこでも容赦なく生えてくるらしい。馬などの家畜に食べさせる、と。
 寒い時期は普通枯れるよな、って思いながら聞いていたから覚えていたんだ。
 今は夏。日本の灼熱しゃくねつ地獄よりずっと過ごしやすい気候だが、日中はそこそこ暑くなる。
 アモフェル草が生えていそうな寒いところとなると……例えば、標高の高い場所かな。レインボーシープもそこに生息している可能性が高い。

「地図、地図地図地図!」

 領主の家で見せてもらったルセウヴァッハ領の地図を必死に思い起こす。
 高い山はイルドラ石を採掘しに行ったリュハイ山脈以外だと、南西のトコルワナ山。富士山のような独立峰で、神様が地面をつまんで作り上げたと言われている霊峰れいほう
 今の季節、気温が低そうな高地といえば、ルセウヴァッハ領内ではそこだけだ。

「ピュイ?」
「行ってみるしかないな」

 確認のため、トコルワナ山までの道のりが詳細に描かれた地図を記憶リードする。
 ざっと見たところ、徒歩で一日くらいか。距離でいえば、大体二、三十キロ。乗馬は遠慮したいから走っていくとして、俺のウカレランニング無双むそうだと数時間くらいだ。ちょっと本気で走れば、もっと早いかもしれない。
 装備、このままでヨシ!
 食料、気に入ったものは大量に大人買いしてある!
 風呂、は我慢する!
 勝負がはじまってすでに一時間近く経過。
 どうしても焦ってしまう気持ちを抑え、マイラさんに礼を言って図書館をあとにした。


 泣きじゃくるビーをプニさんに預け、南西に向けてドルト街道をランニング。浮かれると目的地がわからなくなるため、ツンと尖った高い山を目印にひたすら走る。
 俺の大体の感覚だが、リュハイ山脈の標高は富士山よりずっと高かったと思う。だが、今遠くに見えている霊峰トコルワナも容赦なく高い。
 青い空に突き刺すようにそびえ立つ山は、白い雪で身を半分以上隠し、来る者すべてを拒むような岩々でその形を成している。随分と環境は厳しそうだが、草木が生息できる範囲を探せばいいはず。
 ギルドが出したお題だ。あるのかどうかわからないようなものではないだろう。あるはずだから見つけてねよろしく、という感覚で間違っていないはずだ。
 もしもボルさんの棲処すみかやプニさんの湖みたいに魔素停滞の影響が出ていたとしたら……と考えてすぐにやめる。そんな可能性、考え出したらキリがない。


「見つけたっ!」

 ともかく俺は久しぶりの単独行動。
 いつも頭や肩にあった生臭さがないだけで不安を感じてしまうのは、それだけビーがいつもそばにいたというあかし。俺となかなか離れたがらなかったビーを無理やり引き剥がしたのはプニさんであり、なぜか笑顔で「魔力はわたくしが補ってあげます」と言われた。
 用事はさっさと済ませて帰るつもりだが、それでもまる一日か二日は離れたままだろう。大丈夫かな。泣きすぎて頭イタイとか言っていないかな。


「あのーっ!」

 それともやけ食いとかしていないだろうな! ビーは可愛いから、あっちこっちでおやつをもらう。それを調子こいて延々と食うもんだから、いざ夕飯のときになって腹いっぱいだとかぬかしやがる。子供か。子供だったか。
 食べる姿がちょっとハムスターみたいで可愛いのはわかる。わかるがしかし、メタボドラゴンなんてそんなの……
 ちょっと見てみたい気もする。


「ちょっと!」

 それもまた可愛いんだよなちっきしょう、って思っている時点で俺って親バカなんだなあと。同僚が赤ん坊を自慢する気持ち、今さらながら理解できたよ。鬱陶うっとうしいとか思ってごめんよ田中君。君の気持ち、今ならわかる。写メりたい。


「ちょっとーー!?」

 しまった、妙なこと考えながら走ってしまった。いかんいかん、目的地を定めて走らないととんでもないところに出てしまう。
 と、我に返ったところで、後ろから全力疾走で走ってくる馬に気づいた。


「待って! 待ってってば! なんでそんなに走るの速いのよ!」

 サラブレッドによく似た茶色い馬にまたがり、ウカレランニング中の俺を追ってくるのは旅装束たびしょうぞくの若い女性。知らない人間だ。
 俺に何の用かと足を止めると、馬は泡を吹きながらへろへろになって止まった。

「どうしました?」
「ちょっと、待って、息が、くるし、はあ、はあ」

 どこから追いかけてきたのかはわからないが、随分と走っていたようだ。馬に乗っているからといって乗り手が疲れないわけがない。そこまでして俺を呼び止めたかった理由は何だろう。

「走るのすごい速いんだもの。びっくりしちゃった」
「はあ」

 女性はゆっくりと馬から降りると、ぱちりとウインク。目元のホクロが印象的な綺麗な女性だ。しかし、あからさまにびてくるのが気に食わない。
 高い塀で囲まれた町の外は、獰猛なモンスターと無法者が跋扈ばっこする危険地帯。それなのに、猛烈な勢いで走る見ず知らずの大男を呼び止める、妖艶ようえんな女性。
 これ、絶対罠だ。

「アタシ、あなたに依頼のお願いがあってぇ」
「そうですか。ではまた後日」
「えっ!?」

 今この場で依頼を受注している場合ではないんだよ。泣きじゃくる我が子、じゃない、あの生臭い可愛いドラゴンのためにも、早く帰らないとならないのだ。

「ちょっと待ってよ! アタシがお願いしているんだから聞きなさいよ!」

 そう叫んで女性はがばりと胸の開いた服で膨らみを強調。
 豊満な二つの膨らみはどうしても目に入ってしまうが、そんな女性の姿、ベルカイムで見慣れている。枯れているわけじゃないぞ。慣れただけだ。
 マデウスに住む女性の多くが、胸を強調する服装をしている。こう、寄せて上げてどんどこどん、って感じ。貴族になると、そこにコルセットなる腰を締め上げる下着を着用するらしい。女性はどの世界でもファッションに苦労するんだな。男だったらシャツのボタン四つ開けて胸毛ドヤァするようなものか? 腹壊しそうだ。
 トルミ村の女性ですらそんな格好で日常を過ごしていたのだから、何も知らない初心うぶな中学生じゃあるまいし、動じることはない。今さら慌てふためくほどじゃないし、ときめくものはない。

「依頼ならギルドを通してください」
「ギルドってどこのよ」
「ベルカイムです」
「遠いじゃない! アタシは、今すぐにお願いを聞いてほしいの!」

 なんじゃろな。
 道端で偶然? 出逢った女性がいきなりのお願い事。
 人の好い純真な性格だったら真摯に聞いてあげるのだろうが、俺はいろいろと経験を積んでいる腹黒はらぐろ元営業なんですよ。誠実だけじゃ食っていけないんですよ。

「先を急ぐので」
「アタシも急いでいるの」
「何を急いでいるんですか?」
「えっ!? えっと、それは、ああ、そうそう! アンタの採取する薬草の評判が、そう、評判がいいから、アタシも依頼したくて!」

 人をだますならもっと芝居しばいが上手でないとな。
 女性に慣れていない男だったらコロリと騙されてしまうかもしれないが、俺を騙すなら嘘をつけなさそうな年齢の子供を寄越すべきだったな。
 女性の視線は落ち着きなく宙を彷徨さまよっている。嘘をつくのに慣れている詐欺師ではないようだ。

「依頼をするのならギルドで。じゃ!」
「待ってってば!!」

 ローブを両手で掴まれ、引っ張られる。俺の大切な一張羅いっちょうらをぞんざいに扱わないでくれ。

「お願いだから、話を聞いて」

 今度は真剣な顔。
 彼女の魂胆こんたんはわかりきっているが、話は聞いておくか。悪い評判が立つのは宜しくない。
 さてさて、面倒なことになりそうだ。
 ワイムス君、俺を足止めしたいなら、ご老人やお子さんを団体で寄越さないと意味はないぞ?
 もしくは蟹の一個小隊だな。



 4 理解・意気投合


「どんな理由があろうとも、協力なんかしたら不正行為と見なされて即行で失格になるのわかっている? 俺が黙っていれば問題ないかもしれないが、俺だって真剣勝負を放棄するほど能天気じゃない。今後の仕事に関わってくるからな」

 ドルト街道の端っこで、不貞腐ふてくされる女性にお説教。しかも正座させている。
 街道を行く人々は多くはないが、それでも行き来はある。そんな往来で頓狂とんきょうな光景だとは思うが、けじめはけじめだ。
 彼女の名前はエリルー。俺の予想通り、ワイムス君の知人。彼の頼みで対抗馬である俺の妨害を試みたらしい。今現在無駄な時間を消費しているわけだから、その目論見もくろみは成功していると言えよう。
 ちなみに色仕掛けだったようだ。あれが色仕掛けなのか。なるほどな。

「それに、君だって罪に問われるかもしれないんだからな」
「えっ!? なんで!」
「これはギルド公認だし、領主であるルセウヴァッハ伯爵の依頼でもある。てことはだぞ? その公認された勝負事に水を差すような真似をしたら、非難轟々ひなんごうごうどころじゃない。ギルドマスターなんかは目くじら立てて怒るんじゃないか?」

 そもそもギルド職員一同、曲がったことや不正を憎むまっとうな人が多い。冒険者がマナー知らずの無法者であるから、ギルド職員は冒険者の監視役も兼任している。特にベルカイムのギルドエウロパ職員は不正を嫌う。領主が不正を嫌悪けんおしているからだ。
 広い世界、なかには不正が蔓延まんえんした腐ったギルドも存在するらしいが、そんなギルドに依頼をする人は少ない。依頼料を水増しされるようなところに誰が仕事を頼むんだ。
 真面目なエウロパ公認だぞ? 不正行為をしたらどうなるかくらい想像できるだろうが。

「あの野郎……そんなこと一言も言わなかったじゃないか!」
「予想するに、詳しい内容は聞かされないまま、俺の特徴だけ言われてとにかく足止めしておけって言われたんだろう」
「なんでわかるんだ! アンタすげぇな!」

 いや簡単に想像できるけども。
 きっとワイムスはそこまで考えていないのだ。単純に俺の妨害をすれば自分の勝率が上がるっていう。正々堂々って言葉はないのか? ないんだろうな……

「ともかく、これ以上俺の妨害をしないでくれ」
「でも……アタシ、あいつに借りがあるんだよ」

 時間が惜しいが、エリルーの話を聞いた。
 彼女が困っていたときに助けてくれたのがワイムス。本当にありがたかったから、いつか恩返しをと考えていたらしい。その結果がコレってなんだかなーという気がするが、彼女なりの誠意だったのだろう。

「借りなら別の形で返すべきだ」
「例えばどういうので?」
「うーん、ワイムス君が本当に困ったときに助けてあげるとか」
「今だって困っているんじゃないのか?」
「でも俺の邪魔をしたら彼もとがめられる」

 悪いことをしているのだという意識がないのは、そういう教育を受けていないからだろう。
 日本だと当たり前の善悪の認識や社会性の基本。人のものを盗んではいけません、騙してはいけません、嘘をついてはいけません。そういう基本的なことが、この世界ではやらなかったら損をするという考えにつながる。
 そうしなければ生きていけない者もたくさんいるのだろう。それがこの世界での現実。綺麗事ばかり言うつもりはないが、かといって染まるのも嫌だ。
 俺は人を騙したりするのは苦手なんだよ。おとしめたりしたこともない。
 損得以前に嫌われたらどうしよう、って考えてしまう臆病者なんだ。

「受付主任のグリットさんが言っていたんだ。ワイムス君が問題行動を起こしたらギルドから除名処分もありえるって」
「そんな! アイツ、すっげぇ頑張ってんのに! チェルシーさんが欲しがっていたネブラリの花だってダンゼライまで行って探して」
「チェルシーさん? グリットさんの奥さんの?」
「あっ」

 慌てて口をふさいだがもう遅い。
 なぜにここでチェルシーさんの名前が出てくるのか、とエリルーをジト見。彼女は目を泳がせながらも俺の視線に耐え切れなかったのか、観念してぽつぽつと話してくれた。
 ワイムス君とエリルーは本当は幼馴染であり、共に孤児。幼い頃に両親に先立たれ、ベルカイムの養護施設で育ったそうだ。その施設で働いていたのがチェルシーさん。優しくて世話焼きの彼女は子供たちから慕われ、母親のような存在だったらしい。
 チェルシーさんは腰を悪くして仕事を辞め、養生ようじょうをしていたんだとか。なんだよチェルシーさん、腰のこと言ってくれたらどうにかして治せないか考えたのにと思う。腰が痛いのに俺に大量の焼き菓子を作ってくれるなんて、優しいというか、義理堅ぎりがたいというか。
 ともかくこれでグリットとワイムス君の関係がわかった。

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