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3巻
3-11
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領主が所有しているような、ごっついきらびやかな馬車で移動する冒険者なんて見たことがない。盗賊に、さあお金ありますよいらっしゃい、と宣伝しているようなものだ。
この世界の一般的な馬車は、古き良き西部劇に出てきそうな木製の幌馬車だ。しかし俺たちが使うとしたら、ただの幌馬車では駄目だろう。なんせクレイも俺もブロライトもでかい。特にクレイが一番でかいため、普通の大きさでは乗ることができない。幌部分からクレイの顔と尻尾が出ている馬車なんて悪目立ちする。面白いけど。
俺の空間術を応用して、見た目よりも中身が広い荷車が作れたらいいんだが、作り方がわからない。馬車なんてこの世界に来て初めて乗ったし、もちろん作ったこともない。
プニさんが望む馬車か。細かい注文はともかく、こういう場合は木工職人とかに頼めばいいのだろうか。ベルカイムにいたっけ?
「我望む、我描きし故郷への旅路。我が尊き神リベルアリナよ、迷いなき路を照らしたまえ」
深い深い森の奥。
木々が生い茂るそのなかで、ブロライトの全身がほんのりと輝く。小さな光がいくつも生まれ、瞬き、さらさらと消えていく。
これこそエルフ。神秘の種族。ハニーブロンドの長い髪が風もないのに揺らめいて、これがとてつもなく神聖な儀式に思えてくる。ブロライトの声が自然とこだまし、特別な音を奏でているよう。
自分自身で魔法を扱うようになってしばらく経つが、それでもこの光景は信じられない。
「ふん。リベルアリナなぞ小さきもの、頼るのならばわたくしを頼りなさい」
「お静かに」
プニさん曰く、リベルアリナとはエルフ族が信仰する光と風を象徴とする神様。マデウスには、八百万ほどじゃないけど多種多様な神様がいる。だが、どの神様も創世からある「古代」神に比べたら格下らしい。
まあ、いつの間にか人に戻っていたプニさんのくだらない嫉妬はどうでもいいが。
「エルフの郷に参るのは久方ぶりであるな」
「へえ、クレイは行ったことあるのか」
「西のエポルナ・ルト大陸にあるエルフの郷であったがな。郷長に招かれたことがあるのだ」
「どんなとこ?」
「ふふ。己の眼で見るとよい」
クレイはいろんなところに行ったことがあるようだな。そんな期待を持たせるような笑い方をするということは、俺の陳腐な想像を超えたものすごい場所なのかな。
ブロライトの詠唱が終わると、何もない空間がぐにゃりと捻じ曲がった。そして、渦のようなぐるぐると回る、黒い空洞が生まれる。俺の鞄を開いたときの黒い空間に似ているな。
「この渦に触れるのじゃ。目を瞑らなければならぬぞ」
そう言いながら漆黒の渦に手を触れると、ブロライトの身体があっという間に吸い込まれた。吸い込まれたというよりも、消え去った。跡形もなく。
もっと説明とか、そういうのないの?
目を瞑って触るだけ? 触ってから目を瞑るの? え? 息は止めるの?
「なにこれ!」
「エルフの郷へ続いている道だ。早よう入れ」
「ちょ、なんか怖くない?」
「はははは。なにを言うておる」
「ピュ」
笑いながらクレイも渦に触れ、あっという間に巨体が消え去った。ビーもそれに続き、尻尾を振りながら恐れもなく渦に消えた。
いやこれ怖いでしょ。渦に触れたら身体が消えるってなにこれ。転移門は人一人がくぐれる大きさを確保していたし、門の向こうに目的地が見える安心安全仕様なんだが、この渦は帽子くらいの大きさしかない。
消えた身体は一度細分化されて、そして再構築されて、そのさいハエでも混じっちゃったら融合してハエ男になっちゃうのかなとか、いろいろ余計なことを考えていると――
「タケル」
「なんですか」
「あのエルフに気をかけてやりなさい」
「え?」
渦に触れようとしていたプニさんが、至極真面目に言い出した。
「明るさに惑わされてはなりません。どれだけ輝く光にも、必ず闇があるものです」
「闇? ……ブロライトの闇?」
「闇に負けぬ光を纏いなさい。お前ならば容易き事」
そんな謎の言葉を残し、プニさんも渦に触れて消え去った。
独り残された俺。
獰猛なモンスターが蔓延る深い森の中で、怪しげなぐるんぐるん渦巻く黒い何かを睨みつける。
「はあ……」
睨みつけていてもはじまらない。
この渦の向こうに何が待ち構えているのか。
目を閉じて、黒い渦に触れた。
15 藍砥茶の樹海
黒い渦は、恐ろしく冷たかった。
冷凍庫の氷に触れたような、体温を一気に奪われてしまうような嫌な感覚。気持ち悪いなあと思いつつ、ゆっくりと目を開けた。
目の前に広がるのは、一面緑の深い森。トバイロンの森のままじゃないかと思ったが、生息する木の種類が違う。木々に当たる光が違う。風の匂いすら違う。
深く息を吸い込み、肺に空気を入れる。濃い。空気が、とても濃い。
振り向くとそこは森。黒い渦は跡形もなく消えていた。ホタルのような何かがふわふわと飛んでいる。あれなんだろう。
大きな葉を搔き分けて眩い光に向かって歩くと――
「ヒョッ」
断崖絶壁でした。
なんだここ。なんだここ!
大地がぱっくりと割れたような崖っぷち。垂直の崖の下に流れる川は水量が豊富で、流れがとても速そうだ。高所恐怖症ではないが、ここに留まりたくないほどの高さ。あと一歩踏み出していたら、真っ逆さまに落ちていただろう。崖の向こう側にもずっと続く大樹海。地平線ならぬ緑平線? 聞いたことないが。
それにしても、なんてところに転移させたんだ。
「ピュイィ~」
ご機嫌に歌うビーが飛んできた。器用にくるくる回っている。
ビーがこうやってウカレているのは、この場所の魔素が豊富であるという証拠。森の奥や谷の底など、人があまり近寄らない場所には魔素が豊富にある。そういったところを見つけると、ビーは元気になるのだ。
そうか、空気が濃いんじゃなくて魔素濃度が高いのか。
「ビー、皆はどこに行ったんだ」
「ピュ? ピュイー」
ビーは大きな目を瞬かせ、こてんと首をかしげた。
渦に触れることをためらっていた俺が悪いんだが、全員そろってから行動とかそういうことできないかね。なんて愚痴ってみたが、無詠唱で探査をかけて理由がわかった。
「なんだこれ。全員バラバラ」
探査で全員の位置を調べてみると、広大な森の中に点在するそれぞれの光。
茶色反応はクレイとブロライトだろう。この……紫の反応で妙に素早く動いているのが、たぶんプニさん。とんでもない方向に動いているな。
「ピュイ、ピュイィ、ピュピュ」
「そうだな。ありがとうな。お前は優秀だよ。さすがうちの子」
「ピュイィィ~ッ!」
「うん、うんわかった。顔舐めなくていいから」
ビーは渦から出たあとその場を動かず、俺を待っていてくれたらしい。そして俺の匂いに気づき、たどって見つけてくれたと。ああもう可愛い。
渦から出た先は皆同じっていうわけではないのか? なんて危険な旅路。
さて、全身で喜びを表現してくれる生臭い子はともかく、好き勝手に動きまくっている仲間に招集をかけるとするか。
招集といってもこっちですよーと叫ぶわけではない。狼煙を上げるわけでもない。これだけ鬱蒼とした森なのだから、これと一発でわかる合図が必要になる。
「照光!」
眩いばかりの青い光を作り出し、天高く放り投げる。灯光と違うところは、日差しのある場所でもその光をはっきりと見ることができる光量の多さ。灯光が電灯の明かりなら、照光はナイター照明。
この光を点灯させれば、あれは何だろうと気づいてくれるはずだ。まあ、モンスターもおびき寄せてしまうという難点はあるが。
「ピュイ」
「よしよし。全員気づいたようだ」
一番近い点滅が二つ、こっちに向かってくる。そして紫の点滅がすぐそこに。
――ひひひーん!
「ああ、プニさんこっちこっち」
藪の中から現れた純白の馬。鬣に枯れ葉を大量につけ、自慢の美しい肌に茶色い泥水をかぶっていた。どこをどう走ったらそんなになれるわけ。
「どこへ行っていたのですか! わたくしを残して隠れるなどと!」
「隠れていませんて」
「ピュイ、ピュイーイ」
変化を解いたズタボロの美女に抗議され、ついでだから一人と一匹まとめて清潔をかけてやるかとユグドラシルの枝を取り出すと――
「ここかタケル! 何処へ行っておった!」
「タケル! 勝手に動いてはならんぞ! すぐそこは崖じゃ!」
いやだからお前ら。
先に行って勝手に動き回って何をおっしゃるの。
それに、どこをどう走ればそんな蜘蛛の巣やら葉っぱやら小枝まみれになれるんだよ。藪から飛び出したクレイとブロライトは、これまた見事にばっちい。
常に命の危険と隣り合わせの世界で、汚れだのなんだの言っている俺も確実におかしいんだろうけど、蜘蛛の巣くらい避けてくれないかな。タランチュラみたいなでかい蜘蛛がクレイの肩にいいぃ。
それじゃあ三人と一匹をまとめて綺麗にしてやりますか、と再度ユグドラシルの枝を構えようとしたら――
「ピュイ!」
「む」
「この気配は」
「ひひん」
ビーの警戒警報を合図に、三人そろって警戒態勢。
やっぱりモンスターを引き寄せたか。あれだけどでかい光だ。新鮮な餌がここにありますよと主張しているのと変わりがない。
さて、エルフの郷にはどんなモンスターがいるのか。
「探査……あれ?」
黒点滅の反応が一切ない。その代わり、無数の茶色点滅が四方八方からこちらを目がけてやってくる。
「タケル! 構えよ!」
「いや、この反応はモンスターじゃなくて」
茶色斑点は人反応。
俺たちを囲うように点在し、そして。
慌ててユグドラシルの枝を杖に変え、魔力を練る。
「盾展開!」
と、同時に大量の矢が撃ち込まれた。
銀色の矢じりに黄色の矢柄、白の矢羽がついた矢が盾に弾き飛ばされる。数え切れないほど。
普通は警告とか「お前ら何しにここに来たずら」的な威嚇とかあるだろう! いきなり矢をぶっぱなすってどういう種族なわけ?
「この矢は……! 皆、待ってくれ! この矢じりは我が郷の」
「ヴェルヴァレータブロライト!」
ブロライトが何かを言おうとすると、目の前に出たというより風もなく現れたのは、大勢のエルフ族。
警戒心むき出しに全員が矢を構え、それぞれの標的を狙っている。
うわーお。こんなたくさんのエルフ族見たのは初めてだ。
「郷の聖域を侵す気配を感じたと思うたらば……貴様か」
先頭で矢を構える金髪碧眼の美青年。北欧系か欧米系か、なんて呑気に考えている場合ではない。なんで憎々しげにブロライトを睨みつけているわけ?
「皆に害をもたらす者ではないのじゃ! わたしはただ、リュティカラの行方を知りたいがために」
「ええい黙れ忌むべき者が! よそ者に力を借りるなど、貴様は郷の掟を何と心得ておる!」
美形は怒ると怖い。もともと怖い顔した盗賊なんかに怒鳴られてもへの河童だが、大人しそうな美形に限って怒るとはんぱなく怖いんだよなあ。きっとルセウヴァッハのイケメン領主も怒ったらめちゃくちゃ怖いんだろうな。
「わたしは……わたしは……」
苦しげに言葉を必死に続けようとするブロライトがとても不憫だ。彼女のこんな顔は初めて見た。どんな事情があってもブロライトの言い分を聞かず怒鳴り散らすってのは、仲間として許せない。
「そのような禍々しき者どもを引き入れおって」
あっ。
それ言っちゃ駄目。
絶対に言っちゃいけない言葉なのに。
「……なんですって」
ほらほらプッツンきちゃった。
プニさん怒ってますよ。これすごい怒ってますよ。
他人事みたいな顔して光るチョウチョを見ていたプニさんが、きりりと真剣な顔になる。
「今、このわたくしに向かって何と言ったのですか……?」
美男が怒ると怖い。
だが、美女が怒るともっと怖い。
ガレウス湖を守っていた聖なる神様に向かって、まさかの「禍々しい」発言。
そりゃ頭もじゃもじゃで純白のドレスは泥で汚れまくっているけど、その中身は立派な神様なのだ。
「アルタトゥムエクルウスである、我が身を……禍々しいと?」
古代馬であるプニさんは古代竜と並ぶ、創世期からの神様。戦闘能力は皆無だが、そのプライドはトコルワナ山より高い。ものすごく高い。
どこからか現れた白い煙とどこからか現れた真っ黒い雲に辺りは包まれ、不穏な空気がたちこめる。
いやこれ完全に禍々しいって。
「まさか……!」
「古代馬!? そんな!」
「なにゆえ尊き御身がこの地に足を運ばれた!」
矢を構えていたエルフたちは一気に戦意を喪失。それぞれ信じられないと顔を見合わせ、恐怖におののいている。
そりゃ怖いよな。銀髪白肌葉っぱまみれの美女が、暗雲を背に怒気を露わにしているのだから。
――我が名はホーヴヴァルプニル! 我が身を嘲る者に我が裁きを!!
怒髪天のプニさんは純白の馬に変化し、エルフたちに雷を落っことした。
立派に戦えましたね、プニさん。
天高いプライドを傷つけられた美しい馬の神様は、雷雲を呼び、戒めという名の特大静電気を発生させた。静電気て。
激しい落雷かと思ったら、光が派手なだけの静電気。おかげで美しい長髪だったエルフたちの髪が、強烈な静電気によって素敵なアフロに早変わりとか。
盾効果で俺たちは無傷だったが、これは絶対に巻き込まれたくない恐ろしい攻撃だ。
「ふっ」
駄目だ笑ってはいけない。美形がアフロ。美形が。エルフが。
爆笑しないように必死で堪えていると、先頭にいたエルフが腰を落として深々と頭を下げた。巨大アフロのままで。
「神聖なる神と知らず多大なる無礼を働きし所業、何卒、何卒、平に……」
あれだけ敵意をむき出しにしていたエルフ族が一斉に頭を下げている。それだけプニさんの、いや「古代馬」という存在が畏れ多いのだろう。
ぼんやりと輝く美しい白馬は確かに神々しいからな。鬣もじゃもじゃだけど。
――ぶるるるる…… 我の力を悟ることもできぬとは エルフ族も地に落ちたものぞ
プニさんの言葉に誰も反応しない。わかるのは俺だけ?
エルフたちは頭を上げようとせず、ピクリとも動かない。この統率力すごいな。優秀な軍隊のようだ。
「無礼は承知。しかし、我が一族の郷に赴きし理由を伺いたい」
「あの、えーと、すみません、それは俺から説明させてください」
俺が小さく挙手すると、先頭のエルフが反応しすごい目で睨んできた。アフロ怖い。
「俺はタケル。ルセウヴァッハ領ベルカイムにあるギルド、エウロパ所属の冒険者です。一応ランクは……」
鞄の中から白金のギルドリングを取り出すと、エルフたちの顔色が変わった。
「それは……オールラウンダー認定証?」
「はいそうです。俺たちはチーム蒼黒の団。ブロライトは俺たちの仲間なんです」
「……ヴェルヴァレータブロライトに仲間、だと」
「そうですよ? なんちゃらブロライトさんは大切な仲間だ」
郷の掟がどうであれ、どんな理由があれ、愉快な仲間を馬鹿にしたり野次ったりするのを黙って見ていられない。
先頭で俺を睨んでいたエルフはしばらく黙り、息を吐いた。
「私の名はリルカアルベルクウェンテール。郷の聖域を守る戦士」
長い名前だな。
リルとテールしか聞き取れなかった。この長い名前はエルフ族の特徴なのかな。
「ピュイ、ピュピュ」
「ん? なんだそれ。ビー、もうちょっとわかりやすく言ってくれ」
俺の頭にしがみ付きながらビーが言うには、これだけの魔素がたちこめているのにもかかわらず、エルフ族から微量の魔力しか感じられないそうだ。それこそ、皆そろってブロライトほどしか魔力を持っていないのだと。
ブロライトは元々の魔力が少ないと言っていた。だが、人に比べればそれでも多いほう。
エルフ族って人間や獣人よりも魔力が強いんだろ? それなのに、プニさんの言葉すら理解できないくらい魔力が少ないってどういうことなんだ。
プニさんは空を仰ぎ、紫紺色の瞳を苦しげに細めた。
――タケル この森には何かを感じる
「何かって何?」
――……とても 嫌なものだ
ええー。
なにそのフラグ。
+ + + + +
視界いっぱいに広がる色彩の洪水。
発光する花、虫、鳥たち。
これ以上鮮やかで綺麗な色は存在するのだろうかと思うほど、その光景は見事だった。
くねくねとした複雑な道を案内されて、やっとこさ連れてこられたエルフの郷。魔素がさらに濃い場所にそれはあった。
目に飛び込んできたのは巨大な樹。大樹と呼ぶにふさわしいそれを囲うように、守るように集落がある。トルミ村の戸建てよりは立派な建物。ログハウスに似ている。
きらきらした輝く何かがあちこちを飛び交っていて、触れようとすると霧のように消えてしまう。なにこれ。
ベルカイムが映画の撮影セットのようだとしたら、エルフの郷はまるでおとぎ話の世界。物語の挿絵に描かれるような、自分のつたない想像力ではとてもじゃないが描くことができない景色。
【深碧の郷ヴィリオ・ラ・イ】
グラン・リオ・エルフの国。
[国王]メルケリアオルデンヴィア。
[執政]オーケシュトアージェンシール。
グラン・リオ大陸に住まうエルフ族の郷。
ベルデ・ロン大樹海の最深部に位置する、秘境の地。大陸の中でも、特に魔素が濃く、それゆえに外界から途絶されている。人口五万人ほどのエルフ族の中でもハイエルフ族と選ばれたエルフだけが住む聖域。
主な産業は木工細工。
ベルデ・ロン大樹海って、確かグラン・リオ大陸の最南にある広大な森。ということは、アルツェリオ王国の王都を飛び越えて、さらに大陸の端にまで来たということか。
同じ大陸内にあるというのに、森の雰囲気が全然違う。トバイロンが針葉樹林の森だとしたら、この森はジャングル。それに、この謎のふわふわした光がとても幻想的だ。
むせ返るような湿気かと思ったが、これもすべて魔素の影響。クレイさえ息苦しそうに妙な咳をしていた。
「げふっ、げふっ、うむ……不穏な空気が漂っておるな」
「クレイも感じたか。これ全部魔素らしい」
「なんと」
郷の中心にある巨大な樹に近づくにつれ、湿気が増す。俺には湿気としか感じられないが、ご機嫌に飛んでいたはずのビーが急に俺のローブの下に潜り込んだ。
「どうした? ビー」
「ピュウィ……」
何かを恐れるように微かに震えるビー。ビーのこんな姿を見たのは幾度目か。何か嫌な気配を感じたから隠れてしまったのだろう。
クレイの咳が止まらなくなっている。プニさんは平然としているが、その顔はしかめっ面のまま。ブロライトは意気消沈中。アフロエルフ一行は……だから笑っちゃ駄目だ。
「大樹に参る前に身を清めていただきたい。あちらに清めの泉がある」
リルとテールとかいった長ったらしい名前のエルフが指さす先には、綺麗な泉。承知したとばかりにエルフ一行は向かうが、泉って冷たい水だろ? 俺としては温かなお湯に浸かりたい。
「リル……ふにゃふにゃテールさん、宜しいですか」
「……リルカアルベルクウェンテールだ」
「はい、あのですね。プニさんの八つ当たりでアフロ……プッ、いや失敬。その酷い格好にしてしまったお詫びに、綺麗にさせてもらえませんか」
鞄の中からユグドラシルの枝を取り出し、詠唱準備。これだけの人数を一気に綺麗にしたことはないが、辺りを漂う大量の魔素を利用させてもらえばできるだろう。深く息を吸い込んで、吐き出す感覚。きっとできる。
「貴殿の言いしことはわからぬ」
「説明する前に目で見てくれ」
ユグドラシルの枝が勝手に杖に変化する。この反応は初めて。
この世界の一般的な馬車は、古き良き西部劇に出てきそうな木製の幌馬車だ。しかし俺たちが使うとしたら、ただの幌馬車では駄目だろう。なんせクレイも俺もブロライトもでかい。特にクレイが一番でかいため、普通の大きさでは乗ることができない。幌部分からクレイの顔と尻尾が出ている馬車なんて悪目立ちする。面白いけど。
俺の空間術を応用して、見た目よりも中身が広い荷車が作れたらいいんだが、作り方がわからない。馬車なんてこの世界に来て初めて乗ったし、もちろん作ったこともない。
プニさんが望む馬車か。細かい注文はともかく、こういう場合は木工職人とかに頼めばいいのだろうか。ベルカイムにいたっけ?
「我望む、我描きし故郷への旅路。我が尊き神リベルアリナよ、迷いなき路を照らしたまえ」
深い深い森の奥。
木々が生い茂るそのなかで、ブロライトの全身がほんのりと輝く。小さな光がいくつも生まれ、瞬き、さらさらと消えていく。
これこそエルフ。神秘の種族。ハニーブロンドの長い髪が風もないのに揺らめいて、これがとてつもなく神聖な儀式に思えてくる。ブロライトの声が自然とこだまし、特別な音を奏でているよう。
自分自身で魔法を扱うようになってしばらく経つが、それでもこの光景は信じられない。
「ふん。リベルアリナなぞ小さきもの、頼るのならばわたくしを頼りなさい」
「お静かに」
プニさん曰く、リベルアリナとはエルフ族が信仰する光と風を象徴とする神様。マデウスには、八百万ほどじゃないけど多種多様な神様がいる。だが、どの神様も創世からある「古代」神に比べたら格下らしい。
まあ、いつの間にか人に戻っていたプニさんのくだらない嫉妬はどうでもいいが。
「エルフの郷に参るのは久方ぶりであるな」
「へえ、クレイは行ったことあるのか」
「西のエポルナ・ルト大陸にあるエルフの郷であったがな。郷長に招かれたことがあるのだ」
「どんなとこ?」
「ふふ。己の眼で見るとよい」
クレイはいろんなところに行ったことがあるようだな。そんな期待を持たせるような笑い方をするということは、俺の陳腐な想像を超えたものすごい場所なのかな。
ブロライトの詠唱が終わると、何もない空間がぐにゃりと捻じ曲がった。そして、渦のようなぐるぐると回る、黒い空洞が生まれる。俺の鞄を開いたときの黒い空間に似ているな。
「この渦に触れるのじゃ。目を瞑らなければならぬぞ」
そう言いながら漆黒の渦に手を触れると、ブロライトの身体があっという間に吸い込まれた。吸い込まれたというよりも、消え去った。跡形もなく。
もっと説明とか、そういうのないの?
目を瞑って触るだけ? 触ってから目を瞑るの? え? 息は止めるの?
「なにこれ!」
「エルフの郷へ続いている道だ。早よう入れ」
「ちょ、なんか怖くない?」
「はははは。なにを言うておる」
「ピュ」
笑いながらクレイも渦に触れ、あっという間に巨体が消え去った。ビーもそれに続き、尻尾を振りながら恐れもなく渦に消えた。
いやこれ怖いでしょ。渦に触れたら身体が消えるってなにこれ。転移門は人一人がくぐれる大きさを確保していたし、門の向こうに目的地が見える安心安全仕様なんだが、この渦は帽子くらいの大きさしかない。
消えた身体は一度細分化されて、そして再構築されて、そのさいハエでも混じっちゃったら融合してハエ男になっちゃうのかなとか、いろいろ余計なことを考えていると――
「タケル」
「なんですか」
「あのエルフに気をかけてやりなさい」
「え?」
渦に触れようとしていたプニさんが、至極真面目に言い出した。
「明るさに惑わされてはなりません。どれだけ輝く光にも、必ず闇があるものです」
「闇? ……ブロライトの闇?」
「闇に負けぬ光を纏いなさい。お前ならば容易き事」
そんな謎の言葉を残し、プニさんも渦に触れて消え去った。
独り残された俺。
獰猛なモンスターが蔓延る深い森の中で、怪しげなぐるんぐるん渦巻く黒い何かを睨みつける。
「はあ……」
睨みつけていてもはじまらない。
この渦の向こうに何が待ち構えているのか。
目を閉じて、黒い渦に触れた。
15 藍砥茶の樹海
黒い渦は、恐ろしく冷たかった。
冷凍庫の氷に触れたような、体温を一気に奪われてしまうような嫌な感覚。気持ち悪いなあと思いつつ、ゆっくりと目を開けた。
目の前に広がるのは、一面緑の深い森。トバイロンの森のままじゃないかと思ったが、生息する木の種類が違う。木々に当たる光が違う。風の匂いすら違う。
深く息を吸い込み、肺に空気を入れる。濃い。空気が、とても濃い。
振り向くとそこは森。黒い渦は跡形もなく消えていた。ホタルのような何かがふわふわと飛んでいる。あれなんだろう。
大きな葉を搔き分けて眩い光に向かって歩くと――
「ヒョッ」
断崖絶壁でした。
なんだここ。なんだここ!
大地がぱっくりと割れたような崖っぷち。垂直の崖の下に流れる川は水量が豊富で、流れがとても速そうだ。高所恐怖症ではないが、ここに留まりたくないほどの高さ。あと一歩踏み出していたら、真っ逆さまに落ちていただろう。崖の向こう側にもずっと続く大樹海。地平線ならぬ緑平線? 聞いたことないが。
それにしても、なんてところに転移させたんだ。
「ピュイィ~」
ご機嫌に歌うビーが飛んできた。器用にくるくる回っている。
ビーがこうやってウカレているのは、この場所の魔素が豊富であるという証拠。森の奥や谷の底など、人があまり近寄らない場所には魔素が豊富にある。そういったところを見つけると、ビーは元気になるのだ。
そうか、空気が濃いんじゃなくて魔素濃度が高いのか。
「ビー、皆はどこに行ったんだ」
「ピュ? ピュイー」
ビーは大きな目を瞬かせ、こてんと首をかしげた。
渦に触れることをためらっていた俺が悪いんだが、全員そろってから行動とかそういうことできないかね。なんて愚痴ってみたが、無詠唱で探査をかけて理由がわかった。
「なんだこれ。全員バラバラ」
探査で全員の位置を調べてみると、広大な森の中に点在するそれぞれの光。
茶色反応はクレイとブロライトだろう。この……紫の反応で妙に素早く動いているのが、たぶんプニさん。とんでもない方向に動いているな。
「ピュイ、ピュイィ、ピュピュ」
「そうだな。ありがとうな。お前は優秀だよ。さすがうちの子」
「ピュイィィ~ッ!」
「うん、うんわかった。顔舐めなくていいから」
ビーは渦から出たあとその場を動かず、俺を待っていてくれたらしい。そして俺の匂いに気づき、たどって見つけてくれたと。ああもう可愛い。
渦から出た先は皆同じっていうわけではないのか? なんて危険な旅路。
さて、全身で喜びを表現してくれる生臭い子はともかく、好き勝手に動きまくっている仲間に招集をかけるとするか。
招集といってもこっちですよーと叫ぶわけではない。狼煙を上げるわけでもない。これだけ鬱蒼とした森なのだから、これと一発でわかる合図が必要になる。
「照光!」
眩いばかりの青い光を作り出し、天高く放り投げる。灯光と違うところは、日差しのある場所でもその光をはっきりと見ることができる光量の多さ。灯光が電灯の明かりなら、照光はナイター照明。
この光を点灯させれば、あれは何だろうと気づいてくれるはずだ。まあ、モンスターもおびき寄せてしまうという難点はあるが。
「ピュイ」
「よしよし。全員気づいたようだ」
一番近い点滅が二つ、こっちに向かってくる。そして紫の点滅がすぐそこに。
――ひひひーん!
「ああ、プニさんこっちこっち」
藪の中から現れた純白の馬。鬣に枯れ葉を大量につけ、自慢の美しい肌に茶色い泥水をかぶっていた。どこをどう走ったらそんなになれるわけ。
「どこへ行っていたのですか! わたくしを残して隠れるなどと!」
「隠れていませんて」
「ピュイ、ピュイーイ」
変化を解いたズタボロの美女に抗議され、ついでだから一人と一匹まとめて清潔をかけてやるかとユグドラシルの枝を取り出すと――
「ここかタケル! 何処へ行っておった!」
「タケル! 勝手に動いてはならんぞ! すぐそこは崖じゃ!」
いやだからお前ら。
先に行って勝手に動き回って何をおっしゃるの。
それに、どこをどう走ればそんな蜘蛛の巣やら葉っぱやら小枝まみれになれるんだよ。藪から飛び出したクレイとブロライトは、これまた見事にばっちい。
常に命の危険と隣り合わせの世界で、汚れだのなんだの言っている俺も確実におかしいんだろうけど、蜘蛛の巣くらい避けてくれないかな。タランチュラみたいなでかい蜘蛛がクレイの肩にいいぃ。
それじゃあ三人と一匹をまとめて綺麗にしてやりますか、と再度ユグドラシルの枝を構えようとしたら――
「ピュイ!」
「む」
「この気配は」
「ひひん」
ビーの警戒警報を合図に、三人そろって警戒態勢。
やっぱりモンスターを引き寄せたか。あれだけどでかい光だ。新鮮な餌がここにありますよと主張しているのと変わりがない。
さて、エルフの郷にはどんなモンスターがいるのか。
「探査……あれ?」
黒点滅の反応が一切ない。その代わり、無数の茶色点滅が四方八方からこちらを目がけてやってくる。
「タケル! 構えよ!」
「いや、この反応はモンスターじゃなくて」
茶色斑点は人反応。
俺たちを囲うように点在し、そして。
慌ててユグドラシルの枝を杖に変え、魔力を練る。
「盾展開!」
と、同時に大量の矢が撃ち込まれた。
銀色の矢じりに黄色の矢柄、白の矢羽がついた矢が盾に弾き飛ばされる。数え切れないほど。
普通は警告とか「お前ら何しにここに来たずら」的な威嚇とかあるだろう! いきなり矢をぶっぱなすってどういう種族なわけ?
「この矢は……! 皆、待ってくれ! この矢じりは我が郷の」
「ヴェルヴァレータブロライト!」
ブロライトが何かを言おうとすると、目の前に出たというより風もなく現れたのは、大勢のエルフ族。
警戒心むき出しに全員が矢を構え、それぞれの標的を狙っている。
うわーお。こんなたくさんのエルフ族見たのは初めてだ。
「郷の聖域を侵す気配を感じたと思うたらば……貴様か」
先頭で矢を構える金髪碧眼の美青年。北欧系か欧米系か、なんて呑気に考えている場合ではない。なんで憎々しげにブロライトを睨みつけているわけ?
「皆に害をもたらす者ではないのじゃ! わたしはただ、リュティカラの行方を知りたいがために」
「ええい黙れ忌むべき者が! よそ者に力を借りるなど、貴様は郷の掟を何と心得ておる!」
美形は怒ると怖い。もともと怖い顔した盗賊なんかに怒鳴られてもへの河童だが、大人しそうな美形に限って怒るとはんぱなく怖いんだよなあ。きっとルセウヴァッハのイケメン領主も怒ったらめちゃくちゃ怖いんだろうな。
「わたしは……わたしは……」
苦しげに言葉を必死に続けようとするブロライトがとても不憫だ。彼女のこんな顔は初めて見た。どんな事情があってもブロライトの言い分を聞かず怒鳴り散らすってのは、仲間として許せない。
「そのような禍々しき者どもを引き入れおって」
あっ。
それ言っちゃ駄目。
絶対に言っちゃいけない言葉なのに。
「……なんですって」
ほらほらプッツンきちゃった。
プニさん怒ってますよ。これすごい怒ってますよ。
他人事みたいな顔して光るチョウチョを見ていたプニさんが、きりりと真剣な顔になる。
「今、このわたくしに向かって何と言ったのですか……?」
美男が怒ると怖い。
だが、美女が怒るともっと怖い。
ガレウス湖を守っていた聖なる神様に向かって、まさかの「禍々しい」発言。
そりゃ頭もじゃもじゃで純白のドレスは泥で汚れまくっているけど、その中身は立派な神様なのだ。
「アルタトゥムエクルウスである、我が身を……禍々しいと?」
古代馬であるプニさんは古代竜と並ぶ、創世期からの神様。戦闘能力は皆無だが、そのプライドはトコルワナ山より高い。ものすごく高い。
どこからか現れた白い煙とどこからか現れた真っ黒い雲に辺りは包まれ、不穏な空気がたちこめる。
いやこれ完全に禍々しいって。
「まさか……!」
「古代馬!? そんな!」
「なにゆえ尊き御身がこの地に足を運ばれた!」
矢を構えていたエルフたちは一気に戦意を喪失。それぞれ信じられないと顔を見合わせ、恐怖におののいている。
そりゃ怖いよな。銀髪白肌葉っぱまみれの美女が、暗雲を背に怒気を露わにしているのだから。
――我が名はホーヴヴァルプニル! 我が身を嘲る者に我が裁きを!!
怒髪天のプニさんは純白の馬に変化し、エルフたちに雷を落っことした。
立派に戦えましたね、プニさん。
天高いプライドを傷つけられた美しい馬の神様は、雷雲を呼び、戒めという名の特大静電気を発生させた。静電気て。
激しい落雷かと思ったら、光が派手なだけの静電気。おかげで美しい長髪だったエルフたちの髪が、強烈な静電気によって素敵なアフロに早変わりとか。
盾効果で俺たちは無傷だったが、これは絶対に巻き込まれたくない恐ろしい攻撃だ。
「ふっ」
駄目だ笑ってはいけない。美形がアフロ。美形が。エルフが。
爆笑しないように必死で堪えていると、先頭にいたエルフが腰を落として深々と頭を下げた。巨大アフロのままで。
「神聖なる神と知らず多大なる無礼を働きし所業、何卒、何卒、平に……」
あれだけ敵意をむき出しにしていたエルフ族が一斉に頭を下げている。それだけプニさんの、いや「古代馬」という存在が畏れ多いのだろう。
ぼんやりと輝く美しい白馬は確かに神々しいからな。鬣もじゃもじゃだけど。
――ぶるるるる…… 我の力を悟ることもできぬとは エルフ族も地に落ちたものぞ
プニさんの言葉に誰も反応しない。わかるのは俺だけ?
エルフたちは頭を上げようとせず、ピクリとも動かない。この統率力すごいな。優秀な軍隊のようだ。
「無礼は承知。しかし、我が一族の郷に赴きし理由を伺いたい」
「あの、えーと、すみません、それは俺から説明させてください」
俺が小さく挙手すると、先頭のエルフが反応しすごい目で睨んできた。アフロ怖い。
「俺はタケル。ルセウヴァッハ領ベルカイムにあるギルド、エウロパ所属の冒険者です。一応ランクは……」
鞄の中から白金のギルドリングを取り出すと、エルフたちの顔色が変わった。
「それは……オールラウンダー認定証?」
「はいそうです。俺たちはチーム蒼黒の団。ブロライトは俺たちの仲間なんです」
「……ヴェルヴァレータブロライトに仲間、だと」
「そうですよ? なんちゃらブロライトさんは大切な仲間だ」
郷の掟がどうであれ、どんな理由があれ、愉快な仲間を馬鹿にしたり野次ったりするのを黙って見ていられない。
先頭で俺を睨んでいたエルフはしばらく黙り、息を吐いた。
「私の名はリルカアルベルクウェンテール。郷の聖域を守る戦士」
長い名前だな。
リルとテールしか聞き取れなかった。この長い名前はエルフ族の特徴なのかな。
「ピュイ、ピュピュ」
「ん? なんだそれ。ビー、もうちょっとわかりやすく言ってくれ」
俺の頭にしがみ付きながらビーが言うには、これだけの魔素がたちこめているのにもかかわらず、エルフ族から微量の魔力しか感じられないそうだ。それこそ、皆そろってブロライトほどしか魔力を持っていないのだと。
ブロライトは元々の魔力が少ないと言っていた。だが、人に比べればそれでも多いほう。
エルフ族って人間や獣人よりも魔力が強いんだろ? それなのに、プニさんの言葉すら理解できないくらい魔力が少ないってどういうことなんだ。
プニさんは空を仰ぎ、紫紺色の瞳を苦しげに細めた。
――タケル この森には何かを感じる
「何かって何?」
――……とても 嫌なものだ
ええー。
なにそのフラグ。
+ + + + +
視界いっぱいに広がる色彩の洪水。
発光する花、虫、鳥たち。
これ以上鮮やかで綺麗な色は存在するのだろうかと思うほど、その光景は見事だった。
くねくねとした複雑な道を案内されて、やっとこさ連れてこられたエルフの郷。魔素がさらに濃い場所にそれはあった。
目に飛び込んできたのは巨大な樹。大樹と呼ぶにふさわしいそれを囲うように、守るように集落がある。トルミ村の戸建てよりは立派な建物。ログハウスに似ている。
きらきらした輝く何かがあちこちを飛び交っていて、触れようとすると霧のように消えてしまう。なにこれ。
ベルカイムが映画の撮影セットのようだとしたら、エルフの郷はまるでおとぎ話の世界。物語の挿絵に描かれるような、自分のつたない想像力ではとてもじゃないが描くことができない景色。
【深碧の郷ヴィリオ・ラ・イ】
グラン・リオ・エルフの国。
[国王]メルケリアオルデンヴィア。
[執政]オーケシュトアージェンシール。
グラン・リオ大陸に住まうエルフ族の郷。
ベルデ・ロン大樹海の最深部に位置する、秘境の地。大陸の中でも、特に魔素が濃く、それゆえに外界から途絶されている。人口五万人ほどのエルフ族の中でもハイエルフ族と選ばれたエルフだけが住む聖域。
主な産業は木工細工。
ベルデ・ロン大樹海って、確かグラン・リオ大陸の最南にある広大な森。ということは、アルツェリオ王国の王都を飛び越えて、さらに大陸の端にまで来たということか。
同じ大陸内にあるというのに、森の雰囲気が全然違う。トバイロンが針葉樹林の森だとしたら、この森はジャングル。それに、この謎のふわふわした光がとても幻想的だ。
むせ返るような湿気かと思ったが、これもすべて魔素の影響。クレイさえ息苦しそうに妙な咳をしていた。
「げふっ、げふっ、うむ……不穏な空気が漂っておるな」
「クレイも感じたか。これ全部魔素らしい」
「なんと」
郷の中心にある巨大な樹に近づくにつれ、湿気が増す。俺には湿気としか感じられないが、ご機嫌に飛んでいたはずのビーが急に俺のローブの下に潜り込んだ。
「どうした? ビー」
「ピュウィ……」
何かを恐れるように微かに震えるビー。ビーのこんな姿を見たのは幾度目か。何か嫌な気配を感じたから隠れてしまったのだろう。
クレイの咳が止まらなくなっている。プニさんは平然としているが、その顔はしかめっ面のまま。ブロライトは意気消沈中。アフロエルフ一行は……だから笑っちゃ駄目だ。
「大樹に参る前に身を清めていただきたい。あちらに清めの泉がある」
リルとテールとかいった長ったらしい名前のエルフが指さす先には、綺麗な泉。承知したとばかりにエルフ一行は向かうが、泉って冷たい水だろ? 俺としては温かなお湯に浸かりたい。
「リル……ふにゃふにゃテールさん、宜しいですか」
「……リルカアルベルクウェンテールだ」
「はい、あのですね。プニさんの八つ当たりでアフロ……プッ、いや失敬。その酷い格好にしてしまったお詫びに、綺麗にさせてもらえませんか」
鞄の中からユグドラシルの枝を取り出し、詠唱準備。これだけの人数を一気に綺麗にしたことはないが、辺りを漂う大量の魔素を利用させてもらえばできるだろう。深く息を吸い込んで、吐き出す感覚。きっとできる。
「貴殿の言いしことはわからぬ」
「説明する前に目で見てくれ」
ユグドラシルの枝が勝手に杖に変化する。この反応は初めて。
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