阿古屋

平坂 静音

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撫子 二

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 山吹はじめ、朋輩たちが口をつぐむのは、姫様のご身分にかかわることが口外されるのを危ぶんでのことでございましょう。
 それほどに姫様のご出生にかんして気をはりめぐらしているのは、やはりよっぽどのお血筋の方なのではないか、もしややはり皇族の方では、と思いをめぐらしてみました。
 同時に、もしや姫様は、世間にいっさい名を伏せねばならないご事情があるのでは、という暗い考えも胸のうちで頭をもたげるようになりました。
 勿論、だからといってそれでわたくしの姫様へのご恩と敬慕と、忠誠心がくもることなどまったくございません。むしろ姫様のご出生に、なにかおおやけにできぬことがあるというなら、いっそう姫様への慕情はつよくなるでしょう。
 それをわかってほしくて、わたくしは事情があるなら事情を知らせてほしいと望むのですが。なんとなく、自分一人だけが知らされていないということに、寂しさとひがみを感じていたのかもしれません。氏素性も知れぬこの身としては、そんなふうに思うことさえとんでもない傲慢だとは重々、承知しているつもりなのでございますが。
「ここは、極楽と地獄のはざまなのかしらねぇ」
 山吹がうっとり歌うようにそんな言葉を、紅くぬった唇からもらします。
 極楽はともかく、地獄はすこし意外に思われ、わたくしは一瞬、言葉をなくしました。
「どうしてここが地獄と極楽のはざまなのです?」 
 山吹は切れ長の瞳をあらぬ方へむけて、遠くを見るような眼差まなざしになりました。どことなく寂しげな風情です。
 心のぬけた目線のさき、きざはしの下のあたりには、鴇色ときいろ常夏とこなつの花――撫子なでしこ、が夕風にゆられて気持ちよさそうに幾輪も咲きならび、そこからすこし歩けば庭土は水にきえます。
 このお邸は、ここは、まるで水のうえの離宮のようでございます。そろそろ日は傾いてまいりましたが、まだまだ強い日差しがなごりおしげに水面にささやきかけ、大地を愛撫し、それにこたえるかのように照り返す光に、わたくしは目をほそめました。
「もう、ずっと昔だけれど、今みたいに撫子の花のさかりの季節のことよ……、わたしねぇ、女の子を生んだことがあるの」
「まあ……」
 山吹が結婚していたことがあったとは知りませんでした。
 考えてみれば、わたくしは姫様だけではなく、このお邸の人のことはなにも知らなかったのでございます。
「可愛い女の子だったのに、産声をあげてわずか三日で……」
 気の毒に、どうやら赤子は亡くなったようです。山吹の瞳は茫洋として、夢のなかをさまよっている人のように見え、わたくしをとまどわせました。
 しっかり者で面倒見がよく、気もつよい山吹の、そんな心細げな様子を見るのは初めてなのと、いきなりの打ちあけ話に、わたくしは慌ててしまい、どう答えてよいかわからず、ただ黙りこみ、山吹のつぎの言葉を待ちました。
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