阿古屋

平坂 静音

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几帳の内で 一

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 先駆けの声を聞いてしばらくすると、がやがやと家司や従者たちの話し声や馬のひづめの音が聞こえてまいります。
 ここまでは牛車は通れないそうで、殿様は馬に乗られてこられたようでございます。大貴族のお殿様が、苦労をなされて愛娘のもとへ駆けつけてこられた様子に、わたくしはなんとなく微笑ましいような、心あたたまるものを感じて姫様がうらやましくなりました。 
「姫、姫や、変わりはないか」
 大勢の女房たちのうしろで小さくなっていたわたくしの目に、夏空の下にかがやく川面のような濃い水色、浅縹あさはなだ色の直衣すがたの殿様のお姿が目に入りました。
 殿様は、足早に廂からはいってこられました。ご身分にしては、すこし挙措動作が軽々しいかしら、などとわたくしは生意気にもこっそり思ってしまいましたが、そこはなかなか会えない娘の顔を一刻もはやく見たいという親心なのでございましょう。
「はい。十六夜はこのとおり変わりございません。お父様は?」
 わたくしは初めてお会いする、わたくしたちの主となる右大臣様のご様子を、伏せ目がちにうかがいました。お歳は四十ほどでございましょうか。
 こちらでお世話になるようになってから、殿方など、身分低い雑色をべつとすれば、ほとんど見ることもございませんが、それでも、なかなか整ったお顔だちだと思われます。お身内をまえにした気安さで鳥帽子もとられ、夏草もようの蝙蝠かわほり扇を手に脇息によりかかって、くつろいでいらっしゃるご様子は、いかにも恰幅よさそうで、おおらかな威厳にあふれています。
「右大臣様、こちらは、せんにお文でお知らせした阿古屋でございます」
 尼君の声につられるように右大臣様の視線がわたくしにそそがれ、わたくしはますます小さくなってかしこまりました。
「おお。……そながた《浮舟》か。これは、なかなかの美女じゃのう」
 わたくしは頬が熱くなるのを感じて、とても顔をあげられませんでした。女ばかりの邸でしたので、今までとくに自分の容貌について思いめぐらすことなどなかったのでございます。
「くるしゅうない。こちらへ参って、よく顔を見せておくれ」 
 羞恥でこわばる身体を、となりの山吹の手に押されるようにして、なんとか膝行しっこうして、御前にすすみました。殿様に扇で顎をもちあげられ、わたくしは恥ずかしさのあまり一瞬、気をうしないそうになりました。
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