阿古屋

平坂 静音

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几帳の内で 二

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「おお、つぶらな瞳といい、白い肌といい、どことなく十六夜に似ておるな。唇には紅をさすと、もっと似るのではないか」
 厚みのある右大臣さまのお手がわたくしの手首をにぎりしめた瞬間、我知らず、わたくしは悲鳴をあげそうになりました。
 かろうじて声を飲みこんだものの、ねっとりと熱い手ははなれてくれず、わたくしはうなじに汗がしたたるのを感じました。
「おお、なんとほそい手じゃ。白魚のような手じゃのう」
「お父さま、阿古屋が恥ずかしがって嫌がっております」
 姫様が扇を口もとにあて、苦笑まじりで右大臣様をたしなめてくださらなければ、そのまま延々と右大臣さまの視線にさらされ、恥ずかしさのあまり、本当に気をうしなってしまっていたかもしれません。
「おお、これはすまん、すまん」
 やっと手をはなしてもらい自由になったわたくしは、いそいで後ずさりました。
「お父様、いけませぬ。阿古屋はわたくしがひろったのですから、わたくしのものでございます」
「勿論じゃ。そなたのものに手をつけたりせん」
 十六夜姫様と右大臣様のご冗談半分のくだけた口調に、室にいた女房たちが、夜風が水面を撫であげていくような笑い声をたてました。逃げるように一番うしろにさがったわたくしの顔に、さざなみがせまってきて、わたくしは身をよじるような羞恥と、かすかな屈辱に涙ぐみそうになりました。
 たしかに姫様はじめ皆さまには良くしていただき、たいへんなご恩を感じておりますが、このときばかりは、人を遊び道具のようにあつかう皆様を、わずかならお恨みしたくもなりました。
「おお、久しぶりに会うた十六夜は、相変わらず気がつよい。怖い、怖い。今宵は夜もおそいし、皆、疲れたであろう。もう、休むがよい」
 わたくしはすぐにさがらせていただくつもりでしたが、姫様に呼ばれました。
「阿古屋、ここへきて、わたくしの肩を揉んでおくれ」
 姫様はお身体が冷えやすい質らしく、お休みまえには、ときおり女房たちに肩や足を揉ませたりされていました。返事をして御簾うちに入りますと、おそれながら小葵こあおい細長ほそながのお召しもののうえから姫様のお体にふれ、ほっそりとした肩を揉みました。
「ねぇ、阿古屋、さっきのことで怒っている?」
 二人っきりになると、姫様はまるで仲の良い姉妹にでも対するような、勿体無いほど親しみのこもったお言葉をかけてくださいます。 
「めっそうもございません」
 ちくり、と針で刺されたように感じた先ほどの恨みをすべて心のそとへと押し流し、わたくしは語気つよく否定いたしました。
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