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海神異聞 十 終わり
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「ひどいや!」
どうしてこんな冷酷な男にあこがれの気持ちを持ったりしたのだろう。紫苑は二日まえまでの自分を憎んだ。
(ひどいや、カイダスって、なんて冷たい人だったんだろう。サフランが死ぬのをだまって見ていたんじゃないか!)
紫苑は拳で涙をぬぐうと断言した。
「僕は、ぜったい船乗りなんかにならない! なるもんか!」
「そうだな。それがいい。帝国にもどったら学問所へあがってちゃんと勉強して、立派な跡継ぎになるといい」
悔しいことに目をほそめて笑うカイダスは背後の朝日の力もかりて、いつも以上に、いや、今まで見たなかで一番魅力的に見える。
(明日にはカイダスともわかれるんだ)
また胸がうずき、紫苑は自分で自分の気持ちがわからなくなって地団駄ふみたい気分になった。
海鳥の鳴き声がひびいてきて、他の船乗りたちが姿をあらわしはじめ、今や世界を支配するのは星でも月でも海の女神でもなく朝日だった。すべてが朝日にきよめられ、生まれ変わっていく。
「さあ、もう部屋に帰るといい。一晩寝てないんだ。すこし休むといい」
七年まえに海のうたかとと変わりはてた少女の魂を、紫苑は波間にさがしてみようとしたが、それもカイダスの腕によってはばまれてしまう。
「もう、ほうっておいてよ!」
「紫苑にわかれの挨拶をしないのか?」
船長は帰港の準備にいそがしいなか、カイダスにたずねた。
「しない方がいいんだ。もう一度あの子の顔を見てしまえば、俺はなにを言ってしまうかわからない」
老いた船長の顔には慈愛がにじんでいる。彼はカイダスにとって父親がわりなのだ。
「カイダス、おまえも不憫なやつだなぁ。本当なら都有数の権門の子弟として贅沢な暮らしをしているはずなのに」
「あきらめているさ。それに一門にひとりは生贄として一族の繁栄のために犠牲になるのは、どこの国にもある習慣だ」
叔父とともに船を下りていく紫苑の小さな背はまだ怒りをにじませて、けっしてふりかえろうとはしない。かわりに叔父がふりかえり、カイダスにむけて手をふった。
あの子は知るまい。カイダスが彼の父と異国の没落貴族の娘とのあいだにできた、彼の異母兄であることを。
それでいいのだとカイダスは思っている。
自分は生涯どこの港にもよらず船のなかで一生を終わる船守りであり、一族の持衰、生贄なのだ。その犠牲とひきかえに父や叔父、異母弟らは栄えていくだろう。そう信じることがカイダスのゆいいつの救いだった。
ふと見上げると、まばゆい光のなかで女神が笑っていた。
いつか、おまえもこちらにおいで――。そう誘っているようだ。
(ああ、いつかは世話になるさ)
カイダスは苦い笑いを女神にむけた。
終わり
どうしてこんな冷酷な男にあこがれの気持ちを持ったりしたのだろう。紫苑は二日まえまでの自分を憎んだ。
(ひどいや、カイダスって、なんて冷たい人だったんだろう。サフランが死ぬのをだまって見ていたんじゃないか!)
紫苑は拳で涙をぬぐうと断言した。
「僕は、ぜったい船乗りなんかにならない! なるもんか!」
「そうだな。それがいい。帝国にもどったら学問所へあがってちゃんと勉強して、立派な跡継ぎになるといい」
悔しいことに目をほそめて笑うカイダスは背後の朝日の力もかりて、いつも以上に、いや、今まで見たなかで一番魅力的に見える。
(明日にはカイダスともわかれるんだ)
また胸がうずき、紫苑は自分で自分の気持ちがわからなくなって地団駄ふみたい気分になった。
海鳥の鳴き声がひびいてきて、他の船乗りたちが姿をあらわしはじめ、今や世界を支配するのは星でも月でも海の女神でもなく朝日だった。すべてが朝日にきよめられ、生まれ変わっていく。
「さあ、もう部屋に帰るといい。一晩寝てないんだ。すこし休むといい」
七年まえに海のうたかとと変わりはてた少女の魂を、紫苑は波間にさがしてみようとしたが、それもカイダスの腕によってはばまれてしまう。
「もう、ほうっておいてよ!」
「紫苑にわかれの挨拶をしないのか?」
船長は帰港の準備にいそがしいなか、カイダスにたずねた。
「しない方がいいんだ。もう一度あの子の顔を見てしまえば、俺はなにを言ってしまうかわからない」
老いた船長の顔には慈愛がにじんでいる。彼はカイダスにとって父親がわりなのだ。
「カイダス、おまえも不憫なやつだなぁ。本当なら都有数の権門の子弟として贅沢な暮らしをしているはずなのに」
「あきらめているさ。それに一門にひとりは生贄として一族の繁栄のために犠牲になるのは、どこの国にもある習慣だ」
叔父とともに船を下りていく紫苑の小さな背はまだ怒りをにじませて、けっしてふりかえろうとはしない。かわりに叔父がふりかえり、カイダスにむけて手をふった。
あの子は知るまい。カイダスが彼の父と異国の没落貴族の娘とのあいだにできた、彼の異母兄であることを。
それでいいのだとカイダスは思っている。
自分は生涯どこの港にもよらず船のなかで一生を終わる船守りであり、一族の持衰、生贄なのだ。その犠牲とひきかえに父や叔父、異母弟らは栄えていくだろう。そう信じることがカイダスのゆいいつの救いだった。
ふと見上げると、まばゆい光のなかで女神が笑っていた。
いつか、おまえもこちらにおいで――。そう誘っているようだ。
(ああ、いつかは世話になるさ)
カイダスは苦い笑いを女神にむけた。
終わり
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