双珠楼秘話

平坂 静音

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貴人 三

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(もしかしたら……今日で最後?)
 戻って来ることもあるだろうが、それは何年後だろう。五年後か、六年後か。都や他国へ出て帰って来なくなった者は多い。緑鵬もそうなるかもしれない。
「勉強して、官位をもらったら、村に帰ってきます」
 言葉は玉蓮に向かって発しているが、想いが自分に向かっていると思ったのは、輪花の自惚うぬぼれだろうか。
 きっと帰ってくるから……。緑鵬はそう言っているのかもしれない。
 だが、そのとき輪花は幾つになっているだろう? 
 二十一か、ニ。もっといっているかもしれない。そうなると、十五になれば嫁入り先をさがそうというこの時代では、すでに女の盛りを過ぎてしまっていることになる。
 男ならば、二十を過ぎようが、三十を過ぎようが、若い女性を妻として娶ることも、側室、妾としてかこうことも珍しくはない。四十を過ぎてやっと官位を得て妻を持った男の話もよく聞く。だが、女はそうもいかない。
(……どっちみち、緑鵬兄さんと結婚なんて、無理だったのよ)
 輪花は悲しく自分をなだめた。
「まぁ、戻っていらしたらご立派な役人様ね。うちにもう一人娘がいたらもらっていただけるのに」
 冗談だとはわかっているはずなのに、緑鵬は赤面しながらあせったように言う。
「こちらのお嬢様のお相手も、ご立派な方だとお聞きしていますが。たしか、隣の町のれきある家の若君だとか」
 この村から少し南に行くと、もう少し開けた町があり、金媛の婿はそこの役人の家の次男だと噂に聞いている。
「ええ。官位こそは持っていませんけど、町ではなかなかの才子で知られた若君だそうで」
「あの、お名前は、たしか……えっと、」
英風えいふう様ですわ」
 二人の会話に割りこむように、母親の隣の娘が口をはさんだ。いや、割りこむというより、ゆるやかに滑りこむように、その一言を微風びふうにのせて送りこむ。それは聞く者の耳にひどく心地良い。
 輪花は内心、感嘆のため息をついた。
 貴人というものは、気まぐれに発するほんの一言ですら、まるでその言葉にあえかな薄紫の色でもつけているかのように優雅にこぼすものだと感じ入った。
さい英風様。わたくしの夫となる人です」
 言いながらも、その目線が伏せるようにあらぬ方を漂っているところが、どこか幼げで、頼りなげで、儚げな風情を帯び、彼女を神秘的に見せる。
「ええ、そうね」
 玉蓮夫人は目を細め、また誇らしげに愛娘まなむすめを見る。
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