双珠楼秘話

平坂 静音

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祝言 六

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 婚礼の挙式は、つつがなく行われた。
 とはいっても輪花は新米なので広間での式に出ることはなく、控えの間で雑用に走りまわっていた。
 式の後は披露宴となり、客も増え、その分仕事も増える。輪花に割り当てられたのは一般客への給仕だが、これほどの家だというのに、身内以外の客が少ないことに輪花は驚いた。
「あまり派手にしたくはないんですって」
 桂葉が苦笑するように説明する。
「まぁ、この結婚式は婿入りだから……。嫁取りならもっと違っていたんだろうけれどね。……でも、やっぱり一番の理由は、ほら、先代様のことがあるから」
 先代、つまり失踪したという玉蓮の夫のことだろう。
「聞いた話では、先代のときは相当派手だったらしいけれど、でも、それが、ああなっちゃったからさ……。今回はこぢんまりとしたいんでしょうよ。客のなかには事情を知っている人も多いし」
「噂ってのは、なかなか消えてくれないからね」
 別の女中が口をはさんだ。香玉だ。
 彼女からかぐわしい香を感じて、輪花は桂葉にそっと囁いた。
「香玉さん、何かの香をつけているのね。あれは……伽羅かしら?」
 名前にちなんで香に凝っているのかもしれない。決して悪気があって言ったわけではないが、桂葉の吊りあがり気味の目尻がいっそう吊りあがった。
贅沢ぜいたくよ。女中の分際を忘れているんじゃない?」
 口調には、輪花がとまどうほどの悪意がこもっている。どうやら桂葉は香玉のことをあまり良く思っていないようだ。
(桂葉ったら、香玉さんのことが嫌いなのかしら……? 気をつけておかないと)
 これからは、桂葉の前であまり香玉の話をしないようにしようと輪花は決めた。

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