双珠楼秘話

平坂 静音

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妙なる調べ 五

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「さあね。生きているのか、死んでいるのか。別に珍しい話じゃないでしょう」
 たしかに珍しくはない。桂葉とも似ているし、輪花もまた事情は違うが、両親に関してあまり大きな声で語りたくない点では似ている。
(なんだか、ここの使用人って、そんな事情を抱えた人ばかりね)
 考えてみれば、行方ゆくえ知れずとなった先代の婿である金媛の父親からしてそうなのだ。
「ねぇ、香玉はお嬢様のお父様……、その、いなくなったという前のお婿様を知っているの?」
「顔だけはね。ここへ働きに来る前に村のなかですれ違った程度だけど。いかにも学士ふうの優男だったわね。そういえば雰囲気は英風様と似ているわね」
「ふうん……ねぇ、香玉って、いつもいい匂いがするわね」
「わかる?」
 香玉がふりむいて、得意そうに笑った。その笑顔は五歳ぐらい若く見える。
「私、香が好きなのよ。自分の名前が香玉だからかしら。いつも、香に包まれていたいの」
 その目は夢見る乙女のようで、何故か輪花は切なくなった。
 それは、今日の晴れやかな衣を脱ぐときにも感じた切なさだ。薄桃色の派手な衣を脱ぐと、華やかな時間が終わったことが身に染みた。明日からはいつもの質素な褐色かちいろの衣に身を包んで、朝から晩まで仕事にいそしまなければならない。当たり前のことなのだけれど、どこか寂しくやるせない。
「あんた、十五だった?」 
 まるで輪花の気持ちを読みとったかのように香玉が微笑ほほえんだ。
「もうすぐ十六になるわ」
「そう。金媛お嬢様と同じ歳ね」
 その金媛は今日、初夜を迎えるのだ。複雑な気持ちだ。羨ましいような、自分が置いていかれるようで寂しいような、それでいて、何故か金媛が痛ましくも思える。奇妙な感慨に輪花はとまどい、ため息とともに想いを口にした。
「金媛お嬢様、お幸せになれるといいわね」
 二人とも沈黙してしまった。
 香玉はきっと過ぎ去った季節を惜しみ、輪花はまだ見ぬ季節へのもどかしさに、互いに春の終わりと夏の始まりに吹く今夜の風に胸を騒がされているのだ。
 しんみりとした妙な沈黙は、引き戸のひかれる音に破られた。
「あら、桂葉、帰ってきたの」
 香玉の問いに、桂葉は眉をしかめた。
「帰ってきちゃ悪い?」
「別に」
 桂葉はひどく機嫌が悪そうだ。母親である桂雲とやりあった怒りがまだ冷めていないのだろう。
「何よ、私の顔に何かついている?」
 睨まれて輪花は首をふった。
「ううん。……私、全然知らなくて、ちょっとびっくりしたの」
 桂葉は香玉からすこし距離を置いて、敷き布の上に腰を落とした。
「私が言わなかったから。でも、私、あの人とは関係無いと思っているの」
「あの人、だなんて。お母さんでしょう?」
「……でも、仕事の上では関係ないからね。……疲れたから寝るわ。明日もまた早いわよ」
 桂葉はそれだけ言うと、さっさと寝床へ入った。隣に寄り添うように輪花も身体を横たえる。
 そのうち、他の女中たちも戻ってきて、やがて蝋燭が消されて女中部屋は健やかな夜につつまれた。

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