38 / 140
妙なる調べ 五
しおりを挟む
「さあね。生きているのか、死んでいるのか。別に珍しい話じゃないでしょう」
たしかに珍しくはない。桂葉とも似ているし、輪花もまた事情は違うが、両親に関してあまり大きな声で語りたくない点では似ている。
(なんだか、ここの使用人って、そんな事情を抱えた人ばかりね)
考えてみれば、行方知れずとなった先代の婿である金媛の父親からしてそうなのだ。
「ねぇ、香玉はお嬢様のお父様……、その、いなくなったという前のお婿様を知っているの?」
「顔だけはね。ここへ働きに来る前に村のなかですれ違った程度だけど。いかにも学士ふうの優男だったわね。そういえば雰囲気は英風様と似ているわね」
「ふうん……ねぇ、香玉って、いつもいい匂いがするわね」
「わかる?」
香玉がふりむいて、得意そうに笑った。その笑顔は五歳ぐらい若く見える。
「私、香が好きなのよ。自分の名前が香玉だからかしら。いつも、香に包まれていたいの」
その目は夢見る乙女のようで、何故か輪花は切なくなった。
それは、今日の晴れやかな衣を脱ぐときにも感じた切なさだ。薄桃色の派手な衣を脱ぐと、華やかな時間が終わったことが身に染みた。明日からはいつもの質素な褐色の衣に身を包んで、朝から晩まで仕事にいそしまなければならない。当たり前のことなのだけれど、どこか寂しくやるせない。
「あんた、十五だった?」
まるで輪花の気持ちを読みとったかのように香玉が微笑んだ。
「もうすぐ十六になるわ」
「そう。金媛お嬢様と同じ歳ね」
その金媛は今日、初夜を迎えるのだ。複雑な気持ちだ。羨ましいような、自分が置いていかれるようで寂しいような、それでいて、何故か金媛が痛ましくも思える。奇妙な感慨に輪花はとまどい、ため息とともに想いを口にした。
「金媛お嬢様、お幸せになれるといいわね」
二人とも沈黙してしまった。
香玉はきっと過ぎ去った季節を惜しみ、輪花はまだ見ぬ季節へのもどかしさに、互いに春の終わりと夏の始まりに吹く今夜の風に胸を騒がされているのだ。
しんみりとした妙な沈黙は、引き戸のひかれる音に破られた。
「あら、桂葉、帰ってきたの」
香玉の問いに、桂葉は眉をしかめた。
「帰ってきちゃ悪い?」
「別に」
桂葉はひどく機嫌が悪そうだ。母親である桂雲とやりあった怒りがまだ冷めていないのだろう。
「何よ、私の顔に何かついている?」
睨まれて輪花は首をふった。
「ううん。……私、全然知らなくて、ちょっとびっくりしたの」
桂葉は香玉からすこし距離を置いて、敷き布の上に腰を落とした。
「私が言わなかったから。でも、私、あの人とは関係無いと思っているの」
「あの人、だなんて。お母さんでしょう?」
「……でも、仕事の上では関係ないからね。……疲れたから寝るわ。明日もまた早いわよ」
桂葉はそれだけ言うと、さっさと寝床へ入った。隣に寄り添うように輪花も身体を横たえる。
そのうち、他の女中たちも戻ってきて、やがて蝋燭が消されて女中部屋は健やかな夜につつまれた。
たしかに珍しくはない。桂葉とも似ているし、輪花もまた事情は違うが、両親に関してあまり大きな声で語りたくない点では似ている。
(なんだか、ここの使用人って、そんな事情を抱えた人ばかりね)
考えてみれば、行方知れずとなった先代の婿である金媛の父親からしてそうなのだ。
「ねぇ、香玉はお嬢様のお父様……、その、いなくなったという前のお婿様を知っているの?」
「顔だけはね。ここへ働きに来る前に村のなかですれ違った程度だけど。いかにも学士ふうの優男だったわね。そういえば雰囲気は英風様と似ているわね」
「ふうん……ねぇ、香玉って、いつもいい匂いがするわね」
「わかる?」
香玉がふりむいて、得意そうに笑った。その笑顔は五歳ぐらい若く見える。
「私、香が好きなのよ。自分の名前が香玉だからかしら。いつも、香に包まれていたいの」
その目は夢見る乙女のようで、何故か輪花は切なくなった。
それは、今日の晴れやかな衣を脱ぐときにも感じた切なさだ。薄桃色の派手な衣を脱ぐと、華やかな時間が終わったことが身に染みた。明日からはいつもの質素な褐色の衣に身を包んで、朝から晩まで仕事にいそしまなければならない。当たり前のことなのだけれど、どこか寂しくやるせない。
「あんた、十五だった?」
まるで輪花の気持ちを読みとったかのように香玉が微笑んだ。
「もうすぐ十六になるわ」
「そう。金媛お嬢様と同じ歳ね」
その金媛は今日、初夜を迎えるのだ。複雑な気持ちだ。羨ましいような、自分が置いていかれるようで寂しいような、それでいて、何故か金媛が痛ましくも思える。奇妙な感慨に輪花はとまどい、ため息とともに想いを口にした。
「金媛お嬢様、お幸せになれるといいわね」
二人とも沈黙してしまった。
香玉はきっと過ぎ去った季節を惜しみ、輪花はまだ見ぬ季節へのもどかしさに、互いに春の終わりと夏の始まりに吹く今夜の風に胸を騒がされているのだ。
しんみりとした妙な沈黙は、引き戸のひかれる音に破られた。
「あら、桂葉、帰ってきたの」
香玉の問いに、桂葉は眉をしかめた。
「帰ってきちゃ悪い?」
「別に」
桂葉はひどく機嫌が悪そうだ。母親である桂雲とやりあった怒りがまだ冷めていないのだろう。
「何よ、私の顔に何かついている?」
睨まれて輪花は首をふった。
「ううん。……私、全然知らなくて、ちょっとびっくりしたの」
桂葉は香玉からすこし距離を置いて、敷き布の上に腰を落とした。
「私が言わなかったから。でも、私、あの人とは関係無いと思っているの」
「あの人、だなんて。お母さんでしょう?」
「……でも、仕事の上では関係ないからね。……疲れたから寝るわ。明日もまた早いわよ」
桂葉はそれだけ言うと、さっさと寝床へ入った。隣に寄り添うように輪花も身体を横たえる。
そのうち、他の女中たちも戻ってきて、やがて蝋燭が消されて女中部屋は健やかな夜につつまれた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる