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夜香 三
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不器用な自分にしては、なかなか気のきいた台詞だと英風は感心した。
相手は、蝶の模様の袖で顔をおおっているので表情は読めない。だが、こくり、こくりと頷いて、先ほどの言葉に応えているようだ。そして、玉を転がしたような美声が朱唇からこぼれる。
「わ、わたくしも……。あなたのお声を聞いて……好きになりました」
英風は甘い夜香に酔った。
今宵、ともに夜を迎えた若い恋人たちは、夢のなかで迦陵頻伽の歌声を聞いたろう。
(曇り空ね)
輪花は物足りない気分で空を見上げた。
せっかくの若夫婦の新婚生活の幕開けだというのに、空は機嫌を悪くしたかのように灰色の雲で天を埋めつくし、太陽神は隠れてしまっている。
「輪花、英風様のお召し物の準備は大丈夫?」
つい空に見入っていた輪花は、桂葉にそう声をかけられてびっくりした。
「だ、大丈夫よ。お召物に合わせて帯もお沓もちゃんと準備したから」
とは言うものの、手抜かりはないかともう一度準備したものを見直した。
(えーと……お召物は縁起のいい模様だし、沓も新品だし、大丈夫よね)
他人の衣服をそろえるという仕事が、これほど大変だとは輪花自身想像もしていなかった。金媛の衣装は桂葉がそろえたが、女性のものはさらに複雑でややこしそうだ。
衣や沓だけではなく、髪飾りや耳飾り、腕輪などの装飾品も全て用意しなければならない。それも本人が気に入らなければ、別のものをあつらえなくてはならないので、その候補品も前もって準備していないといけない。世話する相手が男性で良かったと、輪花は内心ほっとした。その安堵の表情に気づいたのか、桂葉が悪戯っぽく笑う。
「こら、安心して気を抜かないでよ。私の都合が悪いときは、あんたがお嬢様のお召物も準備しなけりゃいかないんだからね」
「うっ……」
輪花はあせった。それはかなりしんどそうだ。
「だから、日頃からよく見ておくのよ」
「はい。でも、桂葉、もう今日からお嬢様と呼んではいけないんじゃない?」
「ああ、それもそうね。奥様……いえ、若奥様と呼ばなきゃね」
「金媛様とお呼びするんだよ」
いきなり乾いた声が響いてきて、二人はびっくりした。
いつからそこにいたのか、帳が割れて、金媛付きの老女の枇嬋が顔を見せる。
同時に帳の向こうから不思議な香がただよってきて、一瞬、輪花はとまどった。
真紅の帳いちまい向こうは、別世界のようだった。そこで昨夜、輪花のような乙女にはうかがいしれない密事が行われたのかと思うと、胸が妙にときめきながらも、あまり知りたくないような不思議な気持ちになる。
相手は、蝶の模様の袖で顔をおおっているので表情は読めない。だが、こくり、こくりと頷いて、先ほどの言葉に応えているようだ。そして、玉を転がしたような美声が朱唇からこぼれる。
「わ、わたくしも……。あなたのお声を聞いて……好きになりました」
英風は甘い夜香に酔った。
今宵、ともに夜を迎えた若い恋人たちは、夢のなかで迦陵頻伽の歌声を聞いたろう。
(曇り空ね)
輪花は物足りない気分で空を見上げた。
せっかくの若夫婦の新婚生活の幕開けだというのに、空は機嫌を悪くしたかのように灰色の雲で天を埋めつくし、太陽神は隠れてしまっている。
「輪花、英風様のお召し物の準備は大丈夫?」
つい空に見入っていた輪花は、桂葉にそう声をかけられてびっくりした。
「だ、大丈夫よ。お召物に合わせて帯もお沓もちゃんと準備したから」
とは言うものの、手抜かりはないかともう一度準備したものを見直した。
(えーと……お召物は縁起のいい模様だし、沓も新品だし、大丈夫よね)
他人の衣服をそろえるという仕事が、これほど大変だとは輪花自身想像もしていなかった。金媛の衣装は桂葉がそろえたが、女性のものはさらに複雑でややこしそうだ。
衣や沓だけではなく、髪飾りや耳飾り、腕輪などの装飾品も全て用意しなければならない。それも本人が気に入らなければ、別のものをあつらえなくてはならないので、その候補品も前もって準備していないといけない。世話する相手が男性で良かったと、輪花は内心ほっとした。その安堵の表情に気づいたのか、桂葉が悪戯っぽく笑う。
「こら、安心して気を抜かないでよ。私の都合が悪いときは、あんたがお嬢様のお召物も準備しなけりゃいかないんだからね」
「うっ……」
輪花はあせった。それはかなりしんどそうだ。
「だから、日頃からよく見ておくのよ」
「はい。でも、桂葉、もう今日からお嬢様と呼んではいけないんじゃない?」
「ああ、それもそうね。奥様……いえ、若奥様と呼ばなきゃね」
「金媛様とお呼びするんだよ」
いきなり乾いた声が響いてきて、二人はびっくりした。
いつからそこにいたのか、帳が割れて、金媛付きの老女の枇嬋が顔を見せる。
同時に帳の向こうから不思議な香がただよってきて、一瞬、輪花はとまどった。
真紅の帳いちまい向こうは、別世界のようだった。そこで昨夜、輪花のような乙女にはうかがいしれない密事が行われたのかと思うと、胸が妙にときめきながらも、あまり知りたくないような不思議な気持ちになる。
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