双珠楼秘話

平坂 静音

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消えた娘 一

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 桂葉は先に戻っており、輪花が一人憂鬱な気持ちで庭を歩いていると、ちょうど主殿しゅでん奥殿おくでんの辺りで、公孫樹いちょうの木の下でぼんやりと立っている下働きの娘が見えた。近寄っていくうちに、その人物が誰かわかった。まさに噂が影を呼んだようだ。
「あなた、紅鶴こうかくさん……?」
 自信はなかったが、相手は名を呼ばれて、あわててうなずく。
 そうだ、紅鶴だ。十三とはいってもすでに背は高く、輪花ともそう変わらない。ひょろっとした身体つきで、麦色の頬には雀斑そばかすが散っている。細い腕を褐色かちいろの袖から伸ばしてほうきを持っているが、先ほどから少しも手を動かしていないようだ。
「あの、ねぇ、紅鶴さん……」
 輪花はあわてて彼女の袖を引っぱって、公孫樹の木の裏側にともなった。
「訊きたいことがあるのだけれど」
 輪花は声を低くして、先ほど英風から聞いた話を確認してみた。どうしても信じられないのだ。屋敷の財政状態が悪いということではなく、そんな込みいった話を、たった十三の下働きの娘が知っていることが。
「英風様から聞いた話、あれって、本当のこと? 嘘じゃなくて?」
「嘘なんかじゃありません!」
 紅鶴は細い眉をしかめた。声は子どもっぽくて、口調はきつくても柔らかさがにじむ。
「死んだ母さんがこぼしていたんです。こんな状態でこの先このお屋敷はどうなるんだろうねぇ……、って。奥様たちの贅沢にも困ったものだって。母さんは、本当は奥付きの侍女で、玉蓮奥様のお側仕えをしていたんです。それが、枇嬋びせんさんに虐められて、下働きに降格させられたんですよ。私だって本当なら、ちゃんと奥付きの仕事につくはずだったのに、こんな下女の仕事ばかりさせられて」
 早口で紅鶴はまくしたてた。けれど、口調には毒がなく、聞いていても妙に面白い。
「まぁ、そうなの? 枇嬋さんに虐められたの?」
 輪花はせいいっぱい同情をしめす顔をしてみた。
「そうなんですよー。枇嬋さんは意地悪なんですから。玉蓮奥様はお人が良くてぼんやりしているところがあるから、すっかり枇嬋さんに丸めこまれてしまって。母さんが嘆いていました。私がお側にいたら、どうにかしてあの散財を止めさせるのに、って」
「そんなに、財政状態はきびしいの」
 心配そうな顔で輪花は言ってみた。実際、心配だった。
「ええ。……もう英風様から聞いているみたいだから言いますけれど、私だって、もうこのお屋敷には長くいたくないんです。はやく結婚でもしてお屋敷を出たいと思っているんですけれど……。でも、」
 そこで紅鶴は目をうるませた。
「文全は桂葉さんに取られちゃうし」
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