双珠楼秘話

平坂 静音

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絵師 四

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 輪花は身をすくませた。
「それは、あくまでも山姫様のお心にかなううちだよ。ねえ、そうだろう、清園せいえん先生」
 輪花が怪訝な顔をしていると、清鳳がそっと囁いた。
「私の師匠の名ですよ」
 火玉の頭のなかでは清鳳がいつのまにか、掛け軸の絵を描いたという清園という絵師になっているのだ。輪花はますます絶望した。火玉は本当に壊れてきている。見舞いの相談どころではない。
「少し疲れたね……今日は休ませてもらうよ。輪花、先生をお見送りおし」
 火玉はぼんやりとした目つきになって、ゆっくりと横になった。
「出ましょう」
 清鳳にうながされて、輪花はともに室を出た。

「なんだか……香に酔いそうですね」
 廊下に出ると、清鳳が鼻を寄せる。
「え? そうですか?」
「ええ。このお屋敷に入った途端、なんだか全身香に包みこまれるようだ」
 言われて輪花も気になった。そういえば、屋敷に来たときは香の匂いが気になったが、いつの間にか慣れてしまって感じなくなっていたらしい。
「この香……少し気になるな」
 清鳳は男性のような喋り方をし、自分の袖の匂いを嗅いでいる。
「ふうむ……」
 目つきが鋭くなり、何か考え込んでいる。軒下のきしたにつらなる灯篭の光に照らされた知的な目は、どことなく英風や緑鵬にも似ているが、いっそう深みがある。
「私も最初のときは気になったんですが、今はわからなくなってしまいました。香玉も香が好きだったから……、いつも嗅いでいて、慣れてしまったんですね」
「香玉というのは、亡くなったという女中さんですか?」
 清鳳の目が猫のように光った。
「ええ。あの、聞いてらっしゃるかもしれませんが……」
「酔って、足をすべらせ、池で溺れ死にしたという?」
 確認するように言葉を区切って言う清鳳に輪花はうなずいた。
「は、はい」
「他殺か、もしくは自殺だという噂を、お屋敷出入りの八百屋が、今朝村の宿屋で話していたのを聞きました」   
「昨日の今日でもう知れわたっているなんて……。噂が流れるの早いですね」
 輪花は気恥ずかしい気持ちになってうつむいた。村の人は呂家についてどう言っているのだろう。そういった噂話は林家の人の耳にも入っているはずだ。
「ああ、すいません。悪いことを言ってしまいましたか?」
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