龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

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姫武者

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 また、衿元と袖にほのかに見える、下に着込んでいる薄衣うすごろもの純白が、いっそう緑色をひきたたせている。
「これも悪くないね。なんだか、今のあんたはお武家様のお嬢様みたいだよ。剣や弓でも持たせてみたら、立派な姫武者ひめむしゃだ」
「いやだ、お婆さんたら、やめてよ」
 老女のあけすけな感嘆が照れくさくて花鈴は苦笑いした。妓女の自分を伝説の美姫のようだとか、姫武者だとかたたえる遣り手婆の巧言こうげんにのせられてしまいそうだ。
 こういうときの誉め言葉は、化粧や着付けの最後の仕上げのようなものだと花鈴は自覚している。妓楼にかぎらず、どこでも髪結いや着付け、化粧など女の世話をしてくれる女たちが仕事の終わりに吐く賞賛は、実をいうと自分自身の技術にたいする自賛なのだ。
 けっして嫌味や皮肉な気持ちでそうとらえているわけではない。共同作業でつくった料理の出来に満足して、いっしょに喜んでいるような、ひそやかな優しさを分かちあっているような気分で、花鈴はいつになく遣り手婆に親愛の情をもつ。
 こんな瞬間があるから、この楼で花鈴はそれなりに心おだやかに生きてこられたのだ。老女のことも、日頃どれだけ叱られても、けっして嫌いにはなれないのだ。こんなふうに、ほんのわずかでも甘く幸せなときがあるから。
「きっと、そのお客というのは、清潔な感じのいい若様なんだろうね」
 返事のかわりに花鈴はかすかにうなずいてみせる。まったく、遣り手婆は勘がいい。
 楼のどこかで弦歌が奏でられはじめた。夜は始まりかけているのだ。
(でも……本当に来てくれるかしら?)
 約束はしたものの、家人に知られたらきっと反対されるだろう。いくら話しをするだけだと言っても、たいての家、まして名のある家では、若い男児が楼へ通うことを喜ぶわけはない。ある程度歳をとって、たまに楽しむというのならまだしも。花鈴はやきもきしてきた。
「なんだい? あんた風邪でもひいたのかい?」
「え? あら、大丈夫よ。べつになんともないわ」
 花鈴自身も風邪をひきはじめたのではないかと案じてはいたが、さいわい体調に問題はない。あのときの悪寒は、桜の花の精に一瞬悪戯されたせいだろう。
「花鈴姐さん、お客様がおいでです」
 扉のむこうで鈴の鳴る音がひびいたかと思うと、童女のませた声が花鈴を呼ぶ。
 呼ばれた花鈴は胸もとが締めつけられるような気分になった。
(本当に来てくれたんだ)
「おやおや、来たらしいね、目当てのお客が」
 いそいそと扉をあけた老女のまえに顔をふせている娘は、すこし口ごもった。
「花鈴にお客かい? どんな男だい? 金持ちそうかい?」
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