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宙ぶらりん
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「どうにもできなかった? まさか秋封に本気で恋をしてしまったとか言うんじゃないでしょうね?」
花鈴は桜玉のさまがわりしたような様子におびえながらも、うなずいた。
「おもしろいわ! 遊女、売女の分際で……。金でどんな男にでも足をひらくような女のくせに、よりにもよって、わたしの秋封に恋をした、ですって?」
「お金はもらいません!」
非は自分にあると思いつつも、この点だけは花鈴も主張しておきたい。自分たちのあいだには金品のやりとりは介在していないのだ。
「あら? それでは、おまえはただで秋封にやらせたとでもいうの?」
桜玉は花鈴が絶句するような下品な言葉を吐きだした。
「汚らわしい! おまえのような売女が、秋封の初めての女になるなんて!」
口から己の臓物を吐きだすような苦痛をこめた桜玉の悪罵に、花鈴の方が切なくなる。
「わ、わたしは秋封が好きなんです。本当に好きなんです。そ、それにもう会うことはありません」
いくら今現在は無位無官とはいえ、秋封はこのまま世に埋もれたりはしないだろう。そのうちきっとどうにかして出世の道を歩むようになる。自分は彼の邪魔をしてはいけない。二度とは会わない。その覚悟でしたことだ。
「まぁ……純情ぶって。いいわ、それがおまえの決意だというなら、わたしの決意を見せてあげる」
言うや、桜玉はいきなり花鈴の腕を痛いほどにつかむ。殺される、と怯えるほどにすさまじい力に花鈴は圧倒された。
「おいで! ついて来るがいい!」
「あっ!」
反抗することもできないまま、花鈴は、その華奢な見かけからは思いもよらないほどの力で桜玉に腕をひっぱられた。背後の女中たちは主のすることを静観したままだ。
「ま、待って、やめて」
そのまま、ぐいぐいとひっぱられ、額に汗をうかべ、息が切れるほどに歩かされたあげく、たどり着いたのはあの桜並木だった。
「いい、ここで待っているがいいわ!」
そして闇に桜玉は消えた。
花鈴はこのまま逃げだそうかと思ったが、どこかで女中たちが見ているはずだし、桜玉の言う決意を見届けずに去ることは、臆病というよりも卑怯に思え、ふたたび桜玉を裏切るような気がする。
待つ時間は花鈴には長く感じられたが、実際には意外と短かかったのかもしれない。それでも黒い天に幾条もの光がさし、やがて視界が鮮明になっていく。
(いったい桜玉様はどこへ行ってしまったのかしら?)
しびれを切らして白んでいく空を見上げた瞬間、花鈴は息をのんだ。
桜の枝からぶらさがった〝もの〟に初めて気づいたのだ。
麗しい薄紅色の衣、その下に見えるやはり薄紅色の可愛らしい絹沓……。
花鈴は夜明けの空にむかって絹を裂くような悲鳴をあげていた。
枝からぶら下がっていたのは桜玉の、もはや明らかに息絶えた死体だった。
宙ぶらりん――。
その言葉が花鈴の頭のなかに浮かんだ。
花鈴は桜玉のさまがわりしたような様子におびえながらも、うなずいた。
「おもしろいわ! 遊女、売女の分際で……。金でどんな男にでも足をひらくような女のくせに、よりにもよって、わたしの秋封に恋をした、ですって?」
「お金はもらいません!」
非は自分にあると思いつつも、この点だけは花鈴も主張しておきたい。自分たちのあいだには金品のやりとりは介在していないのだ。
「あら? それでは、おまえはただで秋封にやらせたとでもいうの?」
桜玉は花鈴が絶句するような下品な言葉を吐きだした。
「汚らわしい! おまえのような売女が、秋封の初めての女になるなんて!」
口から己の臓物を吐きだすような苦痛をこめた桜玉の悪罵に、花鈴の方が切なくなる。
「わ、わたしは秋封が好きなんです。本当に好きなんです。そ、それにもう会うことはありません」
いくら今現在は無位無官とはいえ、秋封はこのまま世に埋もれたりはしないだろう。そのうちきっとどうにかして出世の道を歩むようになる。自分は彼の邪魔をしてはいけない。二度とは会わない。その覚悟でしたことだ。
「まぁ……純情ぶって。いいわ、それがおまえの決意だというなら、わたしの決意を見せてあげる」
言うや、桜玉はいきなり花鈴の腕を痛いほどにつかむ。殺される、と怯えるほどにすさまじい力に花鈴は圧倒された。
「おいで! ついて来るがいい!」
「あっ!」
反抗することもできないまま、花鈴は、その華奢な見かけからは思いもよらないほどの力で桜玉に腕をひっぱられた。背後の女中たちは主のすることを静観したままだ。
「ま、待って、やめて」
そのまま、ぐいぐいとひっぱられ、額に汗をうかべ、息が切れるほどに歩かされたあげく、たどり着いたのはあの桜並木だった。
「いい、ここで待っているがいいわ!」
そして闇に桜玉は消えた。
花鈴はこのまま逃げだそうかと思ったが、どこかで女中たちが見ているはずだし、桜玉の言う決意を見届けずに去ることは、臆病というよりも卑怯に思え、ふたたび桜玉を裏切るような気がする。
待つ時間は花鈴には長く感じられたが、実際には意外と短かかったのかもしれない。それでも黒い天に幾条もの光がさし、やがて視界が鮮明になっていく。
(いったい桜玉様はどこへ行ってしまったのかしら?)
しびれを切らして白んでいく空を見上げた瞬間、花鈴は息をのんだ。
桜の枝からぶらさがった〝もの〟に初めて気づいたのだ。
麗しい薄紅色の衣、その下に見えるやはり薄紅色の可愛らしい絹沓……。
花鈴は夜明けの空にむかって絹を裂くような悲鳴をあげていた。
枝からぶら下がっていたのは桜玉の、もはや明らかに息絶えた死体だった。
宙ぶらりん――。
その言葉が花鈴の頭のなかに浮かんだ。
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