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夢か現か
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(今まで通りにすればいいのさ。来た客が気に入れば、迎えてやればいい)
(そのお客はどうなるの?)
(幽霊の楼や、幽霊の妓女に引き寄せられてしまう客は、どこかでそっちの世界へ行きたいと思っているんだから、どうなろうが、その客のえらんだ運命さ)
(あ、あなたはどうしてそんな事を知っているの?)
くっ、くっ、くっ――。歌売り老女はひからびた声で笑った。
(あたしはね、半分はあんたと似たようなもんなのさ。幾百、幾千、虚実ふまえてあらゆる物語を作り、歌い、語っているあいだに、どうやら魂の半分は現世から脱けだしてしまったようなんだよ。物語を作り、歌い、語るとは、そういうことなのかもしれないね。幻が真なのか、真が幻なのか、夢が現なのか、現が夢なのか、どうも曖昧な世界に身を置くようになってしまったのさ。ちょうど、この世とあの世のはざまをさまよっているようなもんさ)
(あ、あなたはいったい何者なの?)
くっ、くっ、くっ。老女はまた笑った。
(何者って言われても……。ごらんの通りのしがない歌売り女だよ)
竪琴をふりあげた右手に、不似合いなほど高級そうな黒珠の腕飾りがゆれた。
「花鈴、楼主様が呼んでいらっしゃるよ」
「はーい」
「まったく、もうちょっと気合を入れなよ。あんたには芯ってもんがないね」
芯が無いのは仕方ない。なんと言っても自分の身体は夢幻なのだから。花鈴はすこし皮肉に思いながら内心苦笑いした。
「いいのよ、花鈴、そこにいなさい」
楼主がいつの間にか目の前に立っていた。
黒い面紗に上等そうな黒絹の袍衣。漆黒の闇が凝結したかのような姿だ。
「やっと、お前にもいい客がつきそうよ」
「はあ」
「裕福な商人の次男なんだけれど、すこし身体がよわいのが難かしらね……。でも、お前を見れば元気になれるかも。ほら」
楼主の指さす円窓のむこうに、顔色の悪そうな若い男が思案げに立っている。
「庭にいたおまえを見て、気に入ってくださったみたい。こうして来てくださったのよ」
「はあ……」
「大丈夫。何も心配しなくていいのよ。話し相手でもいいそうよ。まずは会って、おしゃべりのお相手をすればいいの」
「そうですか」
身なりは裕福な商家の息子らしく立派で、人柄も良さそうだ。健康にめぐまれないというだけあって、ここからでもどことなく憂いに包まれているような雰囲気が、かえって花鈴の気をひいた。好もしく思えるだろうか。
(秋封の半分ぐらいは好きになれるかも)
帝国龍蘭の華の都の西の通り。
そこには不思議な噂がある。歓楽街からすこし離れた通りへまぎれこんで、戻ってこない者がときどきいると。
どこの国のどこの都にも、そんな妖しい伝説はつきものなのが遊里色町というところで、気にするほどではないが、人が消える晩には、どこかで弦歌が物悲しげに奏でられるという。
今宵もどこかで龍蘭名物の歌売り女たちが、嘘とも真ともつかぬ物語を歌っているようだ。
終わり
(そのお客はどうなるの?)
(幽霊の楼や、幽霊の妓女に引き寄せられてしまう客は、どこかでそっちの世界へ行きたいと思っているんだから、どうなろうが、その客のえらんだ運命さ)
(あ、あなたはどうしてそんな事を知っているの?)
くっ、くっ、くっ――。歌売り老女はひからびた声で笑った。
(あたしはね、半分はあんたと似たようなもんなのさ。幾百、幾千、虚実ふまえてあらゆる物語を作り、歌い、語っているあいだに、どうやら魂の半分は現世から脱けだしてしまったようなんだよ。物語を作り、歌い、語るとは、そういうことなのかもしれないね。幻が真なのか、真が幻なのか、夢が現なのか、現が夢なのか、どうも曖昧な世界に身を置くようになってしまったのさ。ちょうど、この世とあの世のはざまをさまよっているようなもんさ)
(あ、あなたはいったい何者なの?)
くっ、くっ、くっ。老女はまた笑った。
(何者って言われても……。ごらんの通りのしがない歌売り女だよ)
竪琴をふりあげた右手に、不似合いなほど高級そうな黒珠の腕飾りがゆれた。
「花鈴、楼主様が呼んでいらっしゃるよ」
「はーい」
「まったく、もうちょっと気合を入れなよ。あんたには芯ってもんがないね」
芯が無いのは仕方ない。なんと言っても自分の身体は夢幻なのだから。花鈴はすこし皮肉に思いながら内心苦笑いした。
「いいのよ、花鈴、そこにいなさい」
楼主がいつの間にか目の前に立っていた。
黒い面紗に上等そうな黒絹の袍衣。漆黒の闇が凝結したかのような姿だ。
「やっと、お前にもいい客がつきそうよ」
「はあ」
「裕福な商人の次男なんだけれど、すこし身体がよわいのが難かしらね……。でも、お前を見れば元気になれるかも。ほら」
楼主の指さす円窓のむこうに、顔色の悪そうな若い男が思案げに立っている。
「庭にいたおまえを見て、気に入ってくださったみたい。こうして来てくださったのよ」
「はあ……」
「大丈夫。何も心配しなくていいのよ。話し相手でもいいそうよ。まずは会って、おしゃべりのお相手をすればいいの」
「そうですか」
身なりは裕福な商家の息子らしく立派で、人柄も良さそうだ。健康にめぐまれないというだけあって、ここからでもどことなく憂いに包まれているような雰囲気が、かえって花鈴の気をひいた。好もしく思えるだろうか。
(秋封の半分ぐらいは好きになれるかも)
帝国龍蘭の華の都の西の通り。
そこには不思議な噂がある。歓楽街からすこし離れた通りへまぎれこんで、戻ってこない者がときどきいると。
どこの国のどこの都にも、そんな妖しい伝説はつきものなのが遊里色町というところで、気にするほどではないが、人が消える晩には、どこかで弦歌が物悲しげに奏でられるという。
今宵もどこかで龍蘭名物の歌売り女たちが、嘘とも真ともつかぬ物語を歌っているようだ。
終わり
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