龍蘭帝国奇談夜話 影絵遊び

平坂 静音

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「お嬢さん、あんたもまた、さまよう魂のひとつなんだよ」
 風が、花鈴の薄青色の衣の袖をゆらした。

「歌売りお婆さん、何を言っているのよ?」
「困ったねぇ。そのうち気づくだろうと思っていたけれど、まだ気づかないんだね」
 歌売り老女は首をふった。
 その仕草はどこかで見たことがある。顔は布でおおっているので良くわからないが、挙措動作など、自分の近しい人間に、どことなく似ていることに花鈴は今気づいた。
「わ、わたしが迷える魂だというの?」
「そうだよ」
 花鈴は笑いだしそうになった。いくら物語を作って歌うのが仕事の歌売り女でも、あまりにも突拍子もないことを言う。
「何を言っているの? 冗談が過ぎるわ。わたしは《遊月楼》の妓女、花鈴よ」
「そうさ。まさしく、あんたは《遊月楼》の妓女、花鈴だよ。けれど四十年以上前にその身体はなくなってしまい、魂だけが残っているんだよ。四十年前、あんたは命懸けで秋封という若い男を愛し、悲しい想いをし、その悲しみのために、はかなくなったのさ」
「まさかお婆さんは、わたしが物語の手本になった花鈴だというの?」
「そうだよ」
 歌売り老女はあっさりと返した。花鈴は驚きあきれてしまった。
「そんなこと、あるわけないじゃない。わたしは《遊月楼》の花鈴よ。ちゃんと今の時代に生きているわ。嘘だと思うなら、これから《遊月楼》に行ってみましょうよ。遣り手婆さんや、楼主が証言してくれるわよ」
「そりゃ、証言するだろうね。遣り手婆も、楼主も、他の楼の妓女や下働きの童たちも。あんたはまちがいなく《遊月楼》の花鈴だって言うよ」
「そら、ごらんなさい。お婆さん、からかわないでちょうだい」
「だってね、《遊月楼》自体が幻なんだから」
「え?」

 花鈴はぼんやりとした頭で、先ほど聞いたことを整理できないまま歩きつづけ、やがて慣れ親しんだ《遊月楼》にもどってきた。
「花鈴姐さん、お帰りなさいまし。いったいどこへ行っていたんですか? 遣り手婆さんが心配してましたよ」 
 花鈴は愛らしい顔立ちの女の子の顔を凝視した。この子も幻だというのだろうか。
(楼すべてが幻なんだよ。あの廃屋同様、《遊月楼》というのは建物の……俗に言うところの幽鬼、幽霊なのさ。幽霊というのは、なにも人間ばかりじゃなく、建物にも、樹にもあるんだよ。《遊月楼》は建物の幽霊なんだよ)
 老女の声が花鈴の頭のなかでかけまわる。
(花鈴が病で亡くなってから、《遊月楼》では妓女の自害や出奔が相次いで、客足もとだえ、とうとう廃楼になってしまった。けれどそこにこもる人々の念や、長年建物にしみついた情念が凝りかたまって、いつしか楼自体が魂というものを持ってしまったんだ。たいていの人間の目には見えないけれど、どこかしら感じる者はいて、たまにそういった生者がやって来ることもあるだろうね)
(そ、それがもし事実なら、わたしはこれからどうすればいいの?)
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