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廃屋
しおりを挟む「ちがうわ……!」
思わず声に出して言っていた。遠くまでは見えなかったが、数日前に見た光景はいかにも大家の庭らしく手入れされた庭木が並んでいたはずが、そこに広がるのは廃園と呼ぶのがふさわしい、雑草にとりかこまれた崩れかけの建物である。
「ここは近々取り壊される予定だよ」
呆然としている花鈴に聞きおぼえのある声がかけられた。
「あなたは……歌売りのお婆さん」
「また、会ったね、お嬢さん」
黒い粗末の布のなかで老婆が笑ったのが花鈴にもわかった。
「こんな廃屋に、なんの用があるんだい?」
「廃屋……?」
「そうだよ、ここは四十年以上もまえに当時の跡取り息子が不祥事を起こして家が没落し、そのまま住む者がいないままほったらかしにされていたのさ。最近になってようやく買い手がみつかって完全に取り壊されることになったけれどね。その方がいいのだよ。いつまでも残っていると、それに関わった者たちの亡魂がまとわりついて、いつまでも漂っていることになるからね。きれいに燃やしてしまえば、そんな迷う魂たちも行くべきところへ行けるだろうさ」
老女の言葉に、花鈴は首筋を細い刃物で撫であげられた気がした。
「じゃあ……、あれは、やっぱり、そんな迷える魂たちが見せた幻だったの? 秋封も桜玉も、それぞれの召使たちも」
「ああ。桜玉という娘が首をくくった後、その桜の樹は切りたおされてしまってね、その縁であの娘は桜の精霊とも結びついているんだよ。あの召使女たちは桜の精さ」
自分はそんな迷える者たちに関わり、ふりまわされ、一時のこととはいえ、あの瞬間、十六の青春の炎と情熱をささげたというのだろうか。
(すべて夢だったなんて)
黴臭い匂いが夕暮れの風にのって花鈴の鼻をつく。瞳から涙がこぼれそうになった。そばで、そんな花鈴を見ている歌売り老女がため息を吐いた。
「困ったもんだね、お嬢さん。あんた、まだ気づいていないのかい?」
「え?」
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