メゾン・クローズ 光と闇のはざまで

平坂 静音

文字の大きさ
13 / 116

しおりを挟む
 それでも試験にいどんだ生徒の話では、試験会場には田舎の農家や貧しい身なりの少女たちが大勢来るらしい。彼女たちにとっては、教師になるということは、下流の生活からぬけだして一歩上の世界に行ける唯一のチャンスなのだそうだ。

(なんだか、あの子たちの気迫見ていると、とても、私なんかかなわないわぁ、っていう気になってきたの)

 試験を受けた上級生――彼女はあくまでも受けただけであって本気で教師になる気はない――の呟きがコンスタンスの耳に冷たく響いてくる。

 今から勉強して教師になれるだろうか? コンスタンスの成績は悪くはないが、それほど良いというわけでもない。美術や裁縫もたいして興味はない。

「そんなことより、明後日、お客が来るのよ。大事な客なんだから、おもてなしの準備、たのむわよ。一応、その日は家政婦が来てくるから、あんたは手伝ってくれるだけでいいの」

「……」

 エマはコンスタンスの無言を承諾ととったようだ。

「あんたにだって悪い話じゃないのよ。商談がうまくいけば、あんたにも新しいドレスを買ってあげれるのよ」

 その言葉は甘い蜜となってコンスタンスの鼓膜に染みこむ。
 
 アガットには言えなかったが、前回、デパートでドレスを注文しようとしたとき、店員から断られたのだ。申し訳なさそうに、コンスタンスとそう歳のかわらない若い店員は眉をひそめて、小声で以前の買い物に小切手が落ちなかったことを説明した。

(今、パパのお仕事は本当に大変みたい)

 コンスタンスは足元がぐらつくような不安を感じた。

 けれど、若い、というより未熟なコンスタンスはやはり新しいドレスが欲しい。パーティーにも行きたい。恋の話にうつつをぬかす上級生たちを内心軽蔑しておきながら、一足ひとあしすすんだ世界をのぞいてみたいという好奇心は、しっかりあるのだ。

「手伝ったら、本当にドレス買ってくれるの?」

「勿論よ」

 エマは長椅子のうえで座りなおした。

「ジャンヌ・パキャンの新作よ」

 今パリで一番有名なデザイナーの名前を出してエマは瑪瑙めのう色の瞳をかがやかせる。エマもドレスやお洒落には目がない。家計が苦しいのは父の仕事がうまくいっていないだけではなく、この後妻の散財のせいではないかとコンスタンはつい疑いたくなる。

「わかったわ。手伝うわ。……でも、宿題しなくちゃならないから……」

 最後の言葉を濁すようにつぶやきながら、コンスタンはエマに背をむけた。

 今、少しずつ、コンスタンスの育ってきた世界がくずれつつあることに、コンスタンスは気づきはじめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...