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世紀末の夜 一
しおりを挟むコンスタンスは乗り合い馬車からおりると、夜道を急いだ。小雨がぱらついてきたが気にならず、何度か行ったことのある「デュホール商会」のあるちいさなビルを目指した。コンスタンスの父が経営する会社の事務所だ。
最近父は家にも帰らずこの事務所に寝泊まりしているという。それだけ仕事が大変なのだろか。
辺りには似たようなビルが並ぶが、昼間行った大通りにくらべれば地味な場所で、若い娘が歩いていてもそれほど危険はない。ちいさなカフェやレストランの灯りがにぎやかで、今はまだ平和な宵の安らぎに満ちているが、もう少し時間がたつと、この界隈も酒を飲ませる店がにぎわい、酔っ払いがうろつき、またそれを狙う掏摸やかっぱらいも出てくるだろうし、若い娘をよからぬ道にひっぱりこもうという悪い輩もあらわれる。比較的治安のいい辺りとはいえ、大都会には無数の陥穽がいたるところに待ち受けているものだ。
それでも、パリの街はこの頃は穏やかな平和と繁栄を満喫していた。
前の戦争の傷も癒え、頻発していたテロ騒ぎも落ちつき、来年には国家をあげての祭典をまえにしてパリのみならず、国じゅうが浮き足だっていた頃である。勿論、平和ながらも、数年まえにはユダヤ系の軍人がスパイ疑惑で逮捕されたり、その真偽をめぐって今なお世間が騒ぎ、昨年の一月には容疑者の無罪を新聞で訴えた作家のゾラが逆に訴えられて国外逃亡したりなど、政治的な問題はいろいろありもしたが、そんなことはすべて少女のコンスタンスには遠い世界のことだった。
それこそコンスタンにとって重要なのは、数日前までなら、パーティーに着ていくドレスはなんにするか、来年の祭典にはどんなドレスを買うか、であった。国じゅう、いや世界じゅうから金と暇のある人々がこの花の都を目指して夢のお祭りを楽しみに来るのだ。そのお祭りを、生まれながらのパリジェンヌである自分が楽しめないなんてことがあるだろうか。
世紀末のパリ。そこは間違いなく、世界じゅうで一番華やかで、一番美しい黄金郷だろう。富や力のある男たちが、美しい女たちが、綺羅をまとって大通りを闊歩し、この世の栄華をひとりじめし、世界から注目される大舞台で脚光を浴びつづける。そこは七色の霧につつまれた虹の街である。
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