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二
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ソファに腰かけてシャンパンを水のようにすすっているほろ酔い加減のブリジットが訊いてくる。
「働いているじゃない?」
ややむっとしてとコンスタンスが言い返すと、ブリジットはコンスタンスの古びた黒いスカートを引っぱった。マダムが貸してくれた前の女中のもので、そんな古着は、少しまえのコンスタンスなら触るのも嫌だと思ったろうが、他に着るものもがないので仕方ない。
「いつまでそんな小間使いみたいな仕事しているの? 給金だってもらえないでしょう?」
事実だ。給金をもらうどころか、マダムに言わせると、置いてやってもらえるだけでも感謝しろということになる。ただ、コンスタンスが客の相手をするなら客からそれだけのものをもらえるようになる、とマダムは時々ほのめかす。
(あんたさえその気なら、処女が好きな良いお客を紹介してあげるわよ)
そんなことを囁くときマダムのブラックオニキスの瞳が奇妙にきらめく。不快でもあるが、そういときのマダムには得体のしれない黒い魅力にあふれ憎むことはできない。同類のようでありながら、エマとはどこか違うとコンスタンスは感じていた。
(似ているけれど、マダムとエマはなんだか違うわ)
では、何が違うのか、どこが違うのかと訊かれれば答えにつまるのだが、マダムは酔ってもエマのように崩れることがない。
ほんのり酒の臭いをふりまき安っぽい香水のかおりをまとわりつかせて、客の男にしなだれかかってはいても、どこかけっして崩れきらない何かを持っている。もしマダムがエマと完全におなじ類の女なら、いくらほかに行き先がないとはいえ、コンスタンスはこの館にとどまろうとは思わなかっただろう。いや、とどまってはいても、さらに精神的につらい日々をおくっていたろう。
そんなことを思いながらコンスタンが空のグラスをのせた盆を下げて廊下に出たとき、偶然入ってきたばかりの客の男とすれちがった。
「おや、君は……?」
中年のその客はコンスタンスを見るなりぎょっとした顔になった。
一瞬、コンスタンスはその反応に驚いたが、目をこらして数秒、相手に見覚えがあることに気づいた。
「働いているじゃない?」
ややむっとしてとコンスタンスが言い返すと、ブリジットはコンスタンスの古びた黒いスカートを引っぱった。マダムが貸してくれた前の女中のもので、そんな古着は、少しまえのコンスタンスなら触るのも嫌だと思ったろうが、他に着るものもがないので仕方ない。
「いつまでそんな小間使いみたいな仕事しているの? 給金だってもらえないでしょう?」
事実だ。給金をもらうどころか、マダムに言わせると、置いてやってもらえるだけでも感謝しろということになる。ただ、コンスタンスが客の相手をするなら客からそれだけのものをもらえるようになる、とマダムは時々ほのめかす。
(あんたさえその気なら、処女が好きな良いお客を紹介してあげるわよ)
そんなことを囁くときマダムのブラックオニキスの瞳が奇妙にきらめく。不快でもあるが、そういときのマダムには得体のしれない黒い魅力にあふれ憎むことはできない。同類のようでありながら、エマとはどこか違うとコンスタンスは感じていた。
(似ているけれど、マダムとエマはなんだか違うわ)
では、何が違うのか、どこが違うのかと訊かれれば答えにつまるのだが、マダムは酔ってもエマのように崩れることがない。
ほんのり酒の臭いをふりまき安っぽい香水のかおりをまとわりつかせて、客の男にしなだれかかってはいても、どこかけっして崩れきらない何かを持っている。もしマダムがエマと完全におなじ類の女なら、いくらほかに行き先がないとはいえ、コンスタンスはこの館にとどまろうとは思わなかっただろう。いや、とどまってはいても、さらに精神的につらい日々をおくっていたろう。
そんなことを思いながらコンスタンが空のグラスをのせた盆を下げて廊下に出たとき、偶然入ってきたばかりの客の男とすれちがった。
「おや、君は……?」
中年のその客はコンスタンスを見るなりぎょっとした顔になった。
一瞬、コンスタンスはその反応に驚いたが、目をこらして数秒、相手に見覚えがあることに気づいた。
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