メゾン・クローズ 光と闇のはざまで

平坂 静音

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「どうするね? 署名して家に帰るかい? それともサン=ラザールかナンテールに行くかい?」

 答えに詰まっている二人を見て、相手は脅すように低い声で続けた。

「知っているかい? サン=ラザールに行くには〝サラダ籠〟って呼ばれる護送馬車に詰めこまれるんだよ。そこには海千山千のあばずれ女どもがわんさか乗っている。掏摸やかっぱらいなんて甘いもんじゃない。本物の殺人犯だっているぐらいだ。刑務所じゃそういう女たちと一緒に過ごすことになるんだよ。まぁ、今では雑居制はなくなったが、どんな女と同室になるかはわからんよ。一回、入ってみるかね?」

 呆然としているコンスタンスの耳にリジュロンの啜り泣きの声が響いてきた。

 コンスタンスは、自分は悪い夢を見ているのではないかとぼんやり思った。




「コンスタンス、あんたどうしたのよ? なにしていたの?」

 くたくたに疲れはてて戻ってきたコンスタンスを見るや、マダムは眉を吊り上げて怒ったが、その声は低い。

「いったい、どうしたのよ? 何があったの? あんた、真っ青よ」

 コンスタンスの表情から何ごとか察したのだろう。マダムはますます声をひそめて訊ねた。今のコンスタンスは心神喪失の一歩手前だった。

 署名をしたら帰れると言われて涙をのんで署名したコンスタンスたちだが、そのあと二人を待っていたのは、なんと性病検査だった。

 泣いて嫌がったが、無情な男たちは二人を無理やり診察室に連れていき、コンスタンスたちは初老の医者のまえに身体をさらけ出す羽目になった。

 一生忘れらない夜だった。精神的には強姦されたにも等しい。マダムに幾度訊かれても、説明しようにも、コンスタンスの唇は震えて紡ぐ言葉がない。

 ふと気づくと、広間のテーブルには空の皿やグラスがあふれており、ブリジットがひとり寝込んでいる。他の少女たちの姿は見えない。客と階上の部屋にこもっているか、帰ったのだろうか。

「マダム……あの……」

 とにかく遅れた事情を説明しようとコンスタンスが口を開いたとき、階段の上からかすかな物音が聞こえてきた。 

「……あの、マダム、もう帰ってもいいですか?」
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