闇より来たりし者

平坂 静音

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遺産 四

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 母方の祖母は、今年の四月に八十九歳で天寿をまっとうした。子どもの頃は年に一回は長崎へ会いに行っていたけれど、中学頃から受験などで忙しくなり、なかなか行けなくなってしまって、ずいぶん不義理をしてしまった。祖母には母のほかにふたりの息子がいたけれど、娘は母だけで、いとこたちも皆男の子だったので、私はよく可愛がってもらったというのに。
「お葬式の後、親族で形見分けみたいなことしてね、この机が気に入ったんで伯母にたのんで、もらったの」
 母は着物や宝石にしておきなさいと、小声で言っていたけれど、祖母の部屋のすみに置いてあったこれを、一目で気に入ってしまい、他の物は何もいらないから、これをちょうだいと伯母にねだったのだ。伯母はすこし迷っていたけれど、着物や宝石にくらべたら安いと思ったのか、案外あっさりゆるしてくれた。
「高いもんなの? ちょっとしたアンティークだよね」
「どうかなぁ? むしろ運送料の方が高くついたかも」
「だったら、着物とか、もっと高価な骨董品とかがよくない? その長崎のお祖母ちゃんてお金持ちなんでしょう。自宅には蔵とかもあるんでしょ? もっといいものいっぱいあったんじゃない?」
 麻衣がいたら、こういうことを口に出して言うのは下品だと、眉をしかめるかもしれないが、逆に私は、このずけずけ言う美菜のあけすけさというか、正直さが、好きなのだ。
 私は彼女と付き合ううちに、すっかり癖になった片方の眉だけをしかめる微苦笑をしてみせた。
「うん。座敷いっぱいに着物とか和装小物とか、アクセサリーとかがならんでいたのは、ちょっと豪勢だったなぁ」
 古い日本家屋の座敷にずらりとならべられた祖母の遺品を思い出すと、今更ながらに、もっと欲ばっておけば良かったと惜しいような気がするが、それでも、あのときはこの古びた机しか目に入らなかったのだ。
 それに、家計簿や会社の帳簿以外はまるで書き物に興味がなかった祖母が、古い書き物机をずっと置いておいたということに、奇妙な哀愁めいたものを感じて、すこし甘酸っぱいような気がして、いっそう気をひかれた。この書き物机に、祖母の勉強や学問に対するほのかな憧憬がこめられているような気がしたのだ。
「お祖母ちゃん、たぶん若いころ、もっと勉強したかったんだと思うの」
「子どものころは貧乏だったの?」
「そう」
 祖母自身は貧しい家庭の出で、苦しい家計を支えるために、十代のころから女中奉公のようなものに出され、若いときはかなり苦労したと聞いた。後に実業家だった祖父と結婚して、いわゆる玉の輿に乗ったのだと母から聞かされた。
 わたしはざっと事情を説明した。こういう話、もし麻衣がいたら、身内の事情をおおっぴらに言うなんて、と眉をしかめたかもしれない。
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