闇より来たりし者

平坂 静音

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秘文 四

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 図書室の方が近いので、二人で足早に図書室にむかった。なんとなく私たち二人とも、わくわくするような、ちょっと緊張したような気持ちになっていた。
「ねぇ、このこと他の人に言っちゃ駄目よ」
 私がそう言うと美菜はピンクに塗った唇をとがらせた。
「えー? でも、書いてあること調べるには、言わないと仕方ないじゃないの?」
「うーん。じゃ、私のことは言わないでよ。小倉恵理の名は、伏せておいてよ」
 大げさかもしれないけれど、もしこれが祖母のことや、祖母の家である舟木家の内情に深くかかわってくることなら、変な噂になったらこまる。
 私の家はともかく、祖母の家、舟木家は長崎ではけっこう手広く商売をしていて、地元ではちょっとした名家なのだ。美菜もすぐそういう事情は察してくれたらしい。
「そうだよね。何が書いてあるか解らないものね。もしかしたらさ、お祖母ちゃんへの昔の恋人からのラブレターとかだったりして」
「まさかぁ。お祖母ちゃんが中国語読めるわけないじゃない」
 中国語はおろか、英語だって出来ないはず。ローマ字だって読めたかどうか疑わしい。そう言うと、美菜はまじめな顔になった。
「なんで? そんなの、わかんないじゃない? 英語はできなくても、もしかしたらお祖母ちゃん、中国語ぺらぺらだったかもよ。私の知ってる人、もうかなり齢で八十歳ぐらいだけれど、昔横浜に住んでて、子どものころ、近所の中国人の人と仲良くなって、少しだけれど中国語しゃべれるの。お年寄りだからって、語学能力がないわけじゃないわよ」
「そうかなぁ?」
 言われてみれば、貿易の仕事にたずさわっていたのだから、外国人と会う機会は多かったはず。もしかしたら私が知らないだけで、意外と外国語能力があったのかも。
 私は汚さないようにとクリアケースに入れた紙束に目を落としてみた。こんな難しそうな文書を、やはり祖母が読めたのとは思えない。
「あっ、でも、もしかしたらお祖母ちゃんのじゃなくて、お祖父ちゃんのものだってことはあり得ない?」
 それは、あり得る。祖父は、くわしく聞いたことはないが、昔の地方の人には珍しく大学に進んだらしいし、若いころから仕事で何回も海外、特に東南アジアに行っていたと母からよく聞かされた。かなり長期間、向こうに住んで仕事をしていたらしいが、戦争がはげしくなって帰って来たとか。
 それを言うと美菜の目はまた好奇心に輝く。
「へぇ? どこの国?」
「えーと、たしか……インドネシアとかマレーシアとか、タイとか。ひょっとしたら、中国にも行っていたのかも」
 もしかしたらあの書き物机はもとは祖父のもので、祖父の死後、祖母がゆずり受けたものかもしれない。そして引き出しのなかにあったこの紙束は、祖父あての手紙か、仕事関係の文書かも。
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