闇より来たりし者

平坂 静音

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青い娘たち 二

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「そのランソムの、どの作品が好きなのかしら? 私はヴェルレーヌが好きだけど」
 麻衣がぱっちりとした目を細めてたずねた。ひどく意地悪気な顔つきになり、私でさえムッとしそうになる。
「『青い娘たち』よ。こういうの」
 次に美菜の口からもれた言葉に、麻衣のみならず私も目を見張った。

 Twirling your blue skirts, travelling the sward Under the towers of your seminary,
(君たちの青い裾をひるがえしながら、塔の立ちならぶ学院の芝生を踏んで……)

 つづけてすらすらと美菜は暗唱する。
 ますます美菜の横顔が別人に見えた。
 麻衣だけでなく、私もびっくりしてしまった。
 英語をしゃべるぐらいなら多少は出来るだろうけれど、英詩を暗唱できるというのが、あまりにも普段の美菜の印象からすると意外なのだ。これが今流行はやりの洋楽を口ずさんだというのなら違和感ないのだけれど。
 私も麻衣も英詩を口ずさむ美菜を不思議なものでも見るように、ぽかんとして見てしまった。
 麻衣はひどくばつの悪そうな顔をして、それじゃ、急ぐから、と言いのこして背を向けた。
 ここでヴェルレーヌの詩のワンフレーズでも暗唱して返せばさまになるかもしれないけれど、それは出来ないらしい。  
「本当に、あいつはうっとうしい」
 ぼそっとつぶやく美菜に、私はかすかな賞賛をこめた目をむけた。
「すっごく意外。美菜が英詩を暗唱できるなんて」
「……高校時代の英語教師がランソムのファンでね、授業が早く終わったときに教えてくれたの。で、ちょっと興味がわいて。ほら、はやくコピーしてしまおうよ」
「ああ、うん。そうね」

 コピーを終えると、ふたたび私たちは私の部屋にもどり、原文の紙束とコピーしたものをローテーブルに置いて、相談しあうことにした。
「じゃあさ、私がこの文書を読めそうな人をさがしてみるから、恵理はお祖母ちゃんとお祖父ちゃんのことについて調べてみたら?」
「わかった」
 とりあえず今夜にでも母に電話して、それとなく祖父母のことについて訊いてみよう。
「すごいね、なんか、わくわくしてきた」
 美菜の目は、重要な証拠物件を見つけた探偵か刑事みたいだ。私も人のことは言えない。
 気分はミステリー小説か冒険小説のヒロインだ。けれど、さすがにやっぱり気になって、念を押した。
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