闇より来たりし者

平坂 静音

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青い娘たち 三

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「個人名は伏せておいてよ。……それから、もし、もしもよ、ここに書かれてあることがプライヴァシーに関わることなら、絶対口外しないでよ。その、翻訳たのめる人が見つかっても、そこはきちんと確認しておいてね」
「うん。わかった。大丈夫。高校時代の友達でね、アジア系専門の外国語学校にすすんだ子がいるから、その子に訊いてみるわ。その子、真面目な子だから信用できるって」
 他にたのめる相手もいないので、私は美菜の言葉を信じることにした。それに、美菜は、学園内の人間としかほとんど付き合いのない私から見たら、びっくりするほど顔がひろい。 
「でも、それはそうと、これ、どうする?」
 美菜がローテーブルの脚のそばに置いておいた小瓶を指さす。うわ、すっかり忘れていた。
 目のまえに付き出すように持ってこられて、あわてて私は身を退く。
「ちょっ、ちょっと、止めてよね。汚い。そんなもの、捨てる」
 美菜がびっくりしたように目を見ひらく。
「えー、もしかしたら貴重な物かも知れないじゃない? ねぇ、私がしばらく借りていていい?」
「べつに、いいけれど」
 たしかに捨ててしまうのは少しまよう。美菜が預かってくれるならその方がいいかも。でも……、
「ひっ!」
 ふと気になって小瓶に目をむけた私は、思わずちいさく叫んでしまった。
「びっくりしたぁ、何よ?」
 私自身、自分の目を疑った。まさかとは思うのだけれど。
「そ、それ、睨んでた」
「何言ってんの?」
 黒いゴチャゴチャした塊のなかで、赤い光がはじけた気がしたのだ。私は背筋が寒くなった。
「やだ、恵理、あんたホラー映画の見過ぎよぉ」
 美菜は笑って取り合おうとしない。当たりまえか。私も声をあげてしまったのが気恥ずかしくて、笑ってごまかした。
「そ、そうね」
 
 隣室で一瞬、叫び声が聞こえた気がして私はノート型のパソコン画面から目をそらして、壁に目をむけた。
 白い壁の向こうは小倉恵理の部屋だ。そして、そこにはおそらく工藤美菜もいるのだろう。どうせ美菜が馬鹿なことを言って騒いでいるのにちがいない。まったくうるさくて忌々しい女だ。
 つい先ほど、その工藤美菜にやりこめられたことを思い出して、私はますます忌々しい気分になってくる。
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