闇より来たりし者

平坂 静音

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家の秘密 四

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『育ててくれた祖父母には本当に感謝しているの。伯父さんたちも、歳がはなれていたせいもあって優しくしてくれたしね。……だからね、恵理、向こうの家にご迷惑になるような事や、分の過ぎた事はしないでね』
 母にとっては実家である舟木家は、《向こうの家》なのだ。その事実を知ってから、きっと母は心底向こうの家で安らげることはなくなったのかもしれない。私はちょっと胸が痛くなった。
「うん。わかった」
 正直、だから何をどうすればいいのか本当はわからないんだけれど、つまり、舟木家をわずらわせるような事をせず、万が一にももらった物が思ったよりも高価なものなら、ちゃんと舟木の伯母に連絡しろ、ということかな。
 ああ、こういう大人の付き合いというのが、私にはまだ良くわからなくて、迷ってしまう。

 母との会話を終えると、私はちょっと疲れてしまって床にすわりこんだ。
 後から驚きがわいてきて、あらためて自分の家に関わる秘密が重くなってきた気がする。
 私の祖父、本当のお祖父ちゃんという人は、どうしているんだろう? 
 もう、亡くなっていてこの世にはいない人なのかもしれない。
 私はぼんやりと、しばらく身体が冷えるのもかまわず床の上にすわりこんでしまった。

「へー、そんな事があったんだぁ」
 美菜の声に私は少しいらついた。大学内の食堂だ。私たちが座っているテーブルのまわりには少し席をあけて、他の生徒たちもいる。
 昨夜のことを話すと、鋭い目を丸くして美菜は素直な驚きをあらわにした。
 家庭の事情を打ち明けることにちょっとためらいもあったけれど、美菜は意外と口が堅いし、それに祖父母の世代の事となるとワンクッションあるせいで口が軽くなった。もし、これが私自身の親のことだったら、いくら美菜にでも言えなかったかも。
「で、その人は東京か大阪に行ったわけ? じゃ、もしかしたら、この東京のどこかで生きているかも」
 美菜が紙パックの野菜ジュースを飲みながら言う。
「あれ、美菜、その指、どうしたの」
 紙パックを持つ美菜の右手のひとさし指に、可愛いキャラクターの絵入りバンドエードが巻かれていることに私は気づいた。
「昨日、ちょっとドジして、切っちゃったの。……それより、そのことについて、どうする?」
 鮭のおにぎりを食べるの止めた。   
 私も考えてみたけれど、もし、そうなら、どうしょう?
「なんか、思いもよらないことになったね」
 美菜の目は好奇心に輝いている。話してしまったことをちょっと後悔した。
「さがすの、その人のこと?」
「まさか!」
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