闇より来たりし者

平坂 静音

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昔話 三

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 ダナお婆さんはどうしているだろうか? 五年ほどまえに暇をもらって家を去ったが、死んだという話は聞かないから、生きていれば実家の近くに住んでいるはずだ。
 それから私は大急ぎで第二夫人に「実家に取りに行きたいものがあるんです。母の顔も見たいので」、とたのみこんで、外出の許可をもらってリキシャを手配してもらった。
 やしきから外に出るときは、第二夫人に報告しないといけない。そしてかならず一人は付き人をつけるように言われている。女の身は本当に不便だ。それでも、どうにか第二夫人の許しをもらって実家へと急いだ。
 下町にあるちいさな実家には両親と妹が住んでいる。父は不在で母がびっくりした顔で私を出むかえた。
「まぁ、珠鳳、こんな時間にいったいどうしたんだね? 嫁ぎ先で何かあったのかい?」
 私は急にお母さんの顔を見たくなったのだと言葉をつくろって、大急ぎで用意した土産を手わたした。母は心配そうだったが、実家の部屋に残していった裁縫道具や布を取りに来たのだという私の言葉をとりあえず信じたようだ。
「ねぇ、そういえば、ダナお婆さんはどうしているの? 元気にしているかしら」
 私はなるべくさりげなく老女の話をもちだした。だが、その名を聞いたとき、母の表情が一変した。
「珠鳳、まさか、おまえ、妙なことになったんじゃないだろうね!」
 母は血の気のひいた顔に、驚いたのは私の方だった。
「まさか、人に言えないようなことになっているわけじゃないだろうね?」
 そう言って私の両肩をつかんでゆさぶってきたのだ。
 老いた鶏みたい痩せた母のいったいどこにこれだけの力があるのか、不思議に思ったほどだ。何のことかわからず呆然としている私に、やっと母も落ち着いたのか、ぽつりぽつりと説明してくれた。
 ダナ老女は、この地ではいわゆる〝魔女〟なのだそうだ。薬草や呪いにくわしく、時々近所の女たちに頼まれて薬草を調合したり、お呪いをかけたりしていたのだという。
 父の事業がうまくいかなくなって、それまで住んでいた家を処分して、この下町へ流れついてきた私たち一家は、そういった近所の事情や老女にかんする評判は最初のころはまったく知らなかった。
 さらに母はどんなに落ちぶれても、自分たちは名家の末裔だという自負がつよいので、近所の主婦たちと交わるようなこと嫌がっていたし、父は土地に根付く迷信事はいっさい信じない性質たちだったので、ときにお宅の小間使いの老女は魔女らしい、と聞いても、相手にせず笑って聞き流していたらしい。薬草を調合したり、ちょっとしたまいないをかけることぐらい、女なら誰でもするものだと思っていたという。
 実際、私も学校に通っていたころには友人たちと占いに凝ったりしたもので、母の話を聞いても、そんな顔色を変えて言うほどのことでも、とのんきに思っていた。だが、母の口から、マリーという名が出てきて、彼女のことが語られると、さすがに私も表情を変えた。
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