闇より来たりし者

平坂 静音

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真紅の帳 二

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 約束の時間ぴったりに、下男が小走りにやってきて客の到来を知らせた。
「これは、フナキさん、ようこそいらっしゃいました」
 祖国の皇帝のように黒絹の民族服をまとった夫は、欧米人の客にするように笑顔で客人をむかえ、英語で話し、握手をかわした。こういう所にも民族の習慣や文化が複雑に入り混じっているのが私たちの世界だ。
 客人は、白いパナマ帽に白い背広姿という、いかにも金持ちそうな品の良い青年だった。
「今夜はお招きくださってありがとうございます。おや、これはお美しい奥様だ」
 日に焼けた蜂蜜色の肌を輝かせて、その若い客人は第二夫人に挨拶をし、それから私の方に目をむけて破顔した。
「これは、可愛らしいお嬢さんだ」
「第三夫人の珠鳳です」
 夫がすかさず説明した。
 え……、というふうに客人が黒い眉を丸めるのが、私には少し愉快でもあれば、少し痛くもあった。
「それは……羨ましいですね」
 フナキと呼ばれた客は、私をあらためてびっくりしたように見て、それから第二夫人に視線をむけ、また私を見た。蜂蜜に苺のジャムでも混ぜたように彼の顔が赤黒くなる。 
「お歳を訊いてもいいですか?」
「十六です」
 答えたのは第二夫人だった。声は明るいが、底に奇妙な苦みがあるのに気づいたのは私だけだろうか?
「十六? では、うちの……この、美代みよと同じですね」
 フナキの影になって見えなかったが、小柄な、まさしく私と同じ年代の少女が立っていたことに私はやっと気づいた。断髪というのか、黒髪を顎のあたりで切りそろえ、白いブラウスと濃紺のスカートという装いは、女学生のようだ。
「こちらは……、妹さんですか?」
 今度は夫が訊いた。
「妹のようなものです。西洋式だと、こういうときはこちらも妻を連れていくものなのでしょうが、残念ながら私はまだ独身なので、今日は彼女に同伴してもらったんです。第三奥様のいい話し相手になるかもしれない」
「ほう……」
 夫は微笑した。その微笑の底にある薄黒い粘りを私は感じとった。ミヨとよばれた少女は、もしかしたらフナキの恋人か、もしくは愛人なのかもしれない。珍しいことではない。
「美代、ご挨拶しなさい」
「……美代です。こんにちは」
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