闇より来たりし者

平坂 静音

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真紅の帳 五

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 ふうん……と、ミヨは感心したように目を丸めた。
「私も……第二夫人か第三夫人でもいいのだけれど……」
 ミヨの言わんとするところがわかった。一目見たときから気づいていた。ミヨは、フナキに恋をしているのだ。
 そして、フナキの彼女を見る目つきからすると、それは決してミヨの片想いではないはず。
「でも……勇様はそういう関係は良くないって思ってらっしゃるの」
 日本では男は多数の妻をもたないのだろうか? 私が問うとミヨはつたない英語で一所懸命に説明してくれた。
 今の日本ではよほど身分が高い人でないと公的に多数の妻を持つことはないそうだ。勿論、正妻以外にも女をかこう男はたくさんいるらしいが、そういった女たちはやはり世間から蔑まれるらしい。女たちのみが。
「勇様は、わたしをそんな立場に置きたくないとおっしゃられて。勇様のお父様、旦那様がよそに女性を持たれて、そのせいでお母様がずいぶんご苦労されたらしいから……だから、わたしのことはいくら好きでも友達か、妹としてしかつきあえないのだと」
「……その、イサム……フナキさんは、あなたとは結婚しようとはしないの?」
 私の言った言葉はそうとう意外だったらしい。
 ミヨの目が一瞬裂けるかと思うほどに大きくなり、その後すぐ傷ついたようにうるんだ。言ってはいけないことを言ってしまったらしい。自分でも、つくづく馬鹿なことを言ってしまったと私は反省した。
「勇様は、わたしのようなものとは絶対結婚なさらないわ。身分が違うのですもの」 
 ミヨは自分は貧しい家の出で、この国に来たのも在住の金持ちの邦人の屋敷でメイドとして働くためだったという。ところが、ミヨを雇った四十代の中年男は、もともとミヨをメイドではなく愛人として扱うつもりだったらしく、斡旋した人も最初からそのつもりで、ミヨは騙されたのだという。
「南の島でいい仕事がある。まっとうな女中の仕事だ」と紹介されたのに、実際は妾にされることになっていたのだ。ミヨは苦く笑った。その瞬間、彼女は十歳も歳をとったように見えた。
「思えば、いくら外国まで行って働くにしても、わたしみたいな無学な娘にあんな大金くれるわけはなかったのよね」
 ミヨの家は貧しく、ミヨも幼い頃から家事を手伝わねばならなかったので、小学校もろくに行ってないという。日本にもそういう子はいるのかと、私は内心すこし驚いた。私が見かけた日本人は皆裕福そうだからだ。
 最初は本当に屋敷の掃除や洗濯などの家事をしていて、ミヨはまったく主人の下心に気づかなかったそうだ。屋敷での仕事や生活に慣れてきたとき、突然、主人が襲いかかってきたのだという。それはミヨにとっては本当に思いもよらないことで、彼女は恐ろしさのあまり悲鳴をあげて逃げ出してしまったのだそうだ。
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