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魔女 二
しおりを挟むそれから数日後の昼下がり、サリナは茶色の紙につつんだ小さな物を、バルコニーでくつろいでいた私にさしだした。思っていたよりずっと小さいもので私はすこし驚いた。
サリナからそれを受けとって、おそるおそる紙をとりのけ、私は息を飲んだ。
あらわれたのは瓶だった。
「これがトヨールです」
サリナは私の驚愕を、いい気味だというふうににんまり笑って見ていた。
その頬をはつってやりたいのを何とかこらえて、私は手に持った瓶を落とさないように気を張った。
それは、市場などでよく見る薬草を入れておくようなちいさな瓶だけれど、なかにあるのは不気味でおぞましそうな黒い物体だ。
蛙か蝙蝠の死骸を瓶につめて数日おいておけばこうなるのではないか、というような醜悪な黒い塊が透明の瓶のなかに詰まっている。そして……信じられないことに、それは、かすかに動いた。
ひっ! と叫んで私は瓶を手ばなしてしまった。危ういところでサリナが拾ってくれたから良かったが。
「これは今日から奥様のトヨールです。もう、二度と手放せませんからね」
サリナの声には棘がある。
「これには餌をあげねばなりません」
初耳だった。
考えてみれば、トヨールが命あるものなら、糧を与えねばならないのは当然なのだけれど。なにを食べるのか、と問うと、サリナはあっさり答えた。
「ふつうは鶏の血です。けれど、これは特殊なもので、ボモーが言うには最初は人間の血、それも持ち主の血でなければいけないと」
それも初耳で、私は驚きに口をひらいた。
「それでは、私の血を与えないといけないの?」
「毎日じゃないですし、ちょっとでいいんです。でも、トヨールにお願いごとをしたり、トヨールが何かしてくれたら、あげないといけません」
今の私たちの会話を他人が聞いたら、六割方の人は、頭がおかしいのではないかと疑うかもしれないけれど、四割の人はそうは思わないだろう。
トヨールのみならず伝説の生物の存在は、私たちにとっては決して夢や幻ではないのだ。
そうだ、やっぱりトヨールは本当にいたのだ。この瓶のなかの黒い物体は生きている。
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