闇より来たりし者

平坂 静音

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魔女 五

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 結果が分かったのは、三日後のやはり昼下がりだった。
 リキシャで呉家に来たミヨは、私の部屋に来るなり、はじけるような笑顔を見せた。
「聞いてちょうだい、珠鳳、勇様の縁談が無くなったの。まだしばらく国に帰らなくていいことになったのよ」
 なんでも相手の女性――資産家の娘らしい――が、病気で寝こんでしまったのだという。そのうえ、相手の家と商売上の問題でいきちがいがあり、付き合いが無くなったのだそうだ。
「それでね……勇様は、今度こそお父様を説得してみせる、って。それで、どうしてもお父様がわたしとの結婚を認めてくださらないなら、家も会社も捨てるとまでおっしゃってくださったの」
 はじけるようだった笑顔は、だが話の後半には朝顔の花がしぼむように元気のないものになってしまった。
「そこまでおっしゃってくださったのは嬉しいけれど、でも、やっぱり勇様に会社を捨てさせるなんてことできないわ」
 私は言外に、ミヨ自身にはもう身を退くという気持ちが無いことに気づいた。すでにイサムとの結婚を決意したうえで、彼の財産を守るつもりなのだ。
「それでね、もう一度トヨールにたのめないかしら? そういえば、あれから、トヨールはどうなったの?」
 私自身も言われるまで気づかなかった。
 いそいで戸棚のなかに閉まっていたトヨールの瓶をさがしてみた。
 この戸棚は夫が西洋の家具商人から買ったものだそうで、結婚のとき贈り物としてくれたものだ。形が珍しいもので気に入っており、大切なものしか入れないことにしている。引き出しをあけてみて、私は息を飲んだ。
「まぁ、やだ! 戻ってきてるわ! いつの間にもどっていたのかしら」
 驚きながらも、二人ともつい笑い出してしまった。
「こいつったらぁ……」
 ミヨは可愛がっている飼い犬か猫でも見るように瓶のなかのトヨールを見ている。
 トヨールは最初のときの小ささに戻ってしまっているが、形はしっかりと残っていて、きゅっと目をつぶって眠っているようだ。目をつぶっていると、けっこう可愛く見えるから不思議だ。  
「ねぇ……、もう一度、たのんでもいい?」
 私は一抹の不安を感じながらもうなずいた。
 けれども、縁談が消えたのは、本当にこれ、トヨールのなした事なのだろうか? 小銭を盗んでくるぐらいならともかく、海の向こうの遠い国まで行って、人を病にしたり、付き合いを壊したりなど出来るのだろうか、このちいさな物に。
 それを口にしてみるとミヨは「出来るはずよ」と断言する。 
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