闇より来たりし者

平坂 静音

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魔女 七

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 それから二週間後、ミヨは前以上に頬を赤く染めて呉家をおとずれた。私はその日、ひどくだるくてバルコニーの寝椅子に横たわっていた。
 実をいうと、昨夜、初めて旦那様が私の部屋へ来たのだ。そして……気分は最低だった。
 べっとりと額を汗で濡らしたまま、私は作夜からひきずっている不快感と苦痛をどうにかおさえて、ミヨを出むかえた。
「まぁ、珠鳳、熱でもあるの?」
 挨拶もそこそこ、ミヨは私を見るなり顔をくもらせ訊く。
「いいえ……大丈夫よ。少ししんどいだけ。こんな格好でごめんなさい」
 言いながら、私は少し違和感を覚えてミヨを見上げた。
 今日もミヨは洋装だが、淡いピンクのブラウスも紺色のスカートも黒い靴も、かなり高価な物に変わっている。すべてて街の百貨店で買ったものだろう。イギリス製のようだ。
「これね、勇様が新調してくださったの。舟木家の未来の若奥様にふさわしいものを着るように、と」
 未来の若奥様――。私の思うところを察して、ミヨははにかむように笑ったが、その瞳には勝者の誇りと驕りがある。
「勇様、いえ、勇さんのお父様が、会社のビルの階段で転んで、大怪我なされて入院されたそうなの。一時は、危なかったらしいわ」
 精一杯、眉を下げて悲しそうな顔をつくっているが、声音にひそむ高揚感はかくせないでいる。
「それで、お父様はすっかり気弱になられて……。人って、思わぬ苦労や不幸を経験すると性格が変わるものなのね。そんなに勇が相手の女を好きだというなら自由にするといい、っておっしゃってくださったんですって。これで、わたしたち、晴れて婚約者同士よ。見て!」
 誇らしげにさしだされた右手には小粒こつぶのダイヤモンドが輝いている。イサムは婚約や結婚の際に指輪を贈る西洋の習慣を真似たようだ。右手につけているのは、左手に傷があるせいだろう。まだ残る左手の指の傷痕と、その右手のダイヤの指輪は対照的だった。
「ここでは日本にくらべたらダイヤがとても安いんですって」
 照れかくしにそんなことを言いながらも、ミヨは嬉しくてたまらないというふうだ。
 良かったわね、と私は呟きながらも複雑だった。
 ミヨの表情からは、イサムの父親の病状をまったく気にしていないのが明らかだからだ。ミヨはやっとつかんだ自分の幸せで頭がいっぱいなのだろう。私の胸内に、もやもやとどす黒いものが湧いてくる。私はこんなに不愉快なのに……と。
「ねぇ……珠鳳、頼みがあるのだけれど」
 何かと思うと、ミヨはトヨールをゆずって欲しいという。
「この先、何があるかわからないでしょう? お守りとして持っていると心強いの」
 私は背が寒くなった。ミヨはまたこの先、誰かを呪うつもりなのだろうか。
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