闇より来たりし者

平坂 静音

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呪術師 一

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 私は読み終わって、二人を見た。
 そして恐る恐る口をひらいた。
「あの……これって、事実なんでしょうか?」
 実はリィーランさんが私を驚かせるために書いた小説で、完全な創作ではないかと疑ったのだ。
 文中に出てくる日本人のフナキイサムは、恐らく祖父――正確には曽祖父で、しかもミヨというのはまちがいなく、私がお祖母ちゃんと呼んでいた人のことだ。
 祖母たちの若い頃にこういう事があったのかと思うと妙に恥ずかしく、また書き手の女性から見た祖母、つまりミヨは、なんだか途中からちょっと怖い女になってきて、読んでいて私は退いてしまった。
 自分の目的のためなら、自分が幸せになるためなら、かなり強引になって、他人の不幸を望んでいるようなふしすらある。たしかに美代お祖母ちゃんは、若いころは苦労して大変だったと聞いたし、だれしも自分が幸せになるためには必死になるものだろうけれど……。私は二人を前にしてきまり悪い想いがしてきた。
「トヨールが本当にいたのかどうか、私もかなり疑わしいと思っているんですけど」
 リィーランさんは、私の言っていることはトヨールの存在に関してのことだととったらしい。あらためてトヨールのことを思い、それもかなり疑わしく思った。
「これ……って、もしかしたら珠鳳という人の創作なんじゃないですか?」
 若い女性がある程度現実をふまえて、半分は想像力をふくらまして書いたホラー小説なのではないだろうか。
「それが、妥当な考えだと思います。私も、そう思っているんですが……」
 そこでリィーランさんは隣のアレックスを見た。アレックスは形の良い唇をひきしめるように閉じたまま、無言で私を見ている。
「あの、もうひとつ知らせなければならない事、あります。アレックスのお祖父さんは、ボモーだったんだそうです」
 ボモー。つまり文中に出てきた呪術師とかのこと? 
 私はちょっとびっくりしてアレックスの濃いシナモン色の顔を見た。
「母方の祖父ですが」
 アレックスは流暢な日本語で説明した。
「私の先祖は代々ボモーをしていたんです。けれどそれは祖父の代で終わりました。でも、そういった見えないものを見たり感じたりする力は母も受け継いでいて、私も人よりは勘がいい方なんです」
 日本で言うなら、陰陽師の家系とか、巫女系の血筋だとかいうんだろうか? 私は興味津々でアレックスの彫像のような顔を見つめた。霊感があると言われれば、納得してしまいそうな雰囲気が、たしかに彼にはある。
「ボモーをしていた祖父は、この日本で亡くなったんです」
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