闇より来たりし者

平坂 静音

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因果 三

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「祖父ちゃんは、認知症になりかけていたんだ。多分、判断が出来なくなっていたんだろうね。でも、自分の若かりしころの思い出というか、後悔を告白してしまいたかったのかも。ほとんど懺悔みたいなもんだよ」
 相手が聖職者ならともかく、小学生の子にそんな性的なことを懺悔して、どうするのよ? と言ってやりたい。
「で、それでね、相手のお嬢さん――、名は、幸恵さちえさんというんだけれど」
 友哉君は、幸せに恵まれるという字だと説明してくれた。わたしの名前の理恵の恵の字とおなじだ。ふと背がむずがゆくなる。
「その人は身ごもったんだって」
 友哉君は、きっとお祖父ちゃんが使った言葉なんだろうけれど、身ごもったという古い言葉を使った。
「それで……、どうなったの?」
 私は緊張した。
「お嬢さんが身ごもってしまったことが、お屋敷のご主人夫婦にばれてしまい、お祖父ちゃんは納屋で他の使用人たちから骨が折れるほどの暴力を受けたらしい」
「……ひどい」
「うん。でも、当時の感覚では、使用人が、お屋敷のお嬢さんとそういう関係になるのはとんでもないことで、しかもお嬢さんの部屋へ行ったのは祖父ちゃんで、状況を鑑みてみると、殺されても文句が言えないほど悪い事をしたんだって、祖父ちゃんは他人ごとみたいにあっさり言っていたよ。別にそのことでご主人夫婦を恨んではいない様子だった」
「……赤ちゃんは、どうしたの?」
 私はなんだか胸がもやもやしてきた。なんだか……ひっかかる。
 友哉君は一瞬唇を噛んでから話した。
「秘密にして生んだらしい。広い家だったそうで、奥の間で人に知られないようにして生むことができたらしいんだ。昔は家で子ども生むのも珍しくなかったみたいだし。……で、そのとき生まれた赤ん坊が、……恵理ちゃん、君のお母さんだ」

「え?」
 とは、言ったものの、なんだか喉につまっていたものが、すとんと胃に入ったようなさっぱりした気持ちも感じた。
 私たちは無言になって見つめあった。
 考えてみると、やっぱりおかしい。
「ちょっ、ちょっと待って、待ってよ。それって、おかしくない?」
 あわてて私は話の内容を整理してみた。
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