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魔女の血 二
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わしがそのお屋敷で働きはじめたのは十四ぐらいのころで、当時お嬢さんは十三だったかな? まだ互いに子どもの面影を引きずっていたから、時々は一緒に遊んだり、喋ったりしていても大人たちは見逃してくれたもんだ。
だが、そこで一年、二年と歳月を経るうちに、どうしてもお嬢さんを見ているともやもやとした苦しいような、やるせないような想いを抱くようになってしまった。坊に言うても解らないだろうなぁ、まだ。
とはいうものの、使用人と良家のお嬢様だ。いくら思ったからといってどうにもなるもんでない。諦めてはいるものの、その夜は妖しに引きずられるようにして、お嬢さんの寝ていらっしゃる部屋の近くまで来てしまった。
黒い妖しは、お嬢さんの部屋のまえで止まって、軽く襖を叩いているようだ。
「あら? ミミと思ったら、今夜はイザーなの?」
山水の絵模様がえがかれた襖が、がらりとひらかれ、白地に薄紅の花柄の浴衣をまとったお嬢さんが笑顔であらわれた。夜目にも、そこに白い花が咲いたようで、美しいけれど、それはひどく儚げな風情で、わしは何故か辛くなってきた。
もともとお嬢さんは身体が弱く、しょっちゅう体調をくずしては寝込んでいて、女学校も休みがちで友達も少なく、思えば、わしがお嬢さんとそう親しくしてもゆるされていたのは、遊び友達がほとんどいないお嬢さんを哀れんで、奥様がそっとしておいてくれたせいだろう。
お嬢さんは、ほんの少し向こうにいるわしには気づかず、黒い異形の生き物を、まるで慈しむようにして頭を撫でる。わしは見ていてはらはらした。いくら見た目は幼児のようでも、あんな妖怪のようなものを側に近づけていいものだろうか。止めた方がいいかもしれないが、声をかけていいものかどうか……。わしはしばし悩んだが、勇気を出して一歩進んだ。
「お嬢さん……幸恵お嬢さん、」
「あらっ! 友さんじゃないの?」
白い頬をおどろきと緊張にはりつめさせて、お嬢さんはわしを見上げた。心なしか、黒水晶のような黒い目の奥には恐怖がこもっていた。その怯えたような一瞬の目つきが、わしから正気を奪ってしまったんだ。
こんな妖しを可愛がっていながら、わしを卑しむように恐れるなんて……と。
わしは、この不気味そうな化物よりも嫌がられているのかと。
今思えば、使用人の分際で、夜中に主の娘の寝室まで来ている非常識さを棚にあげて、身勝手な怒りだった。
わしの怒りを感じ取ったのだろう。お嬢さんはますます怯えて、部屋に逃げこもうとした。わしは完全に正気を失くしてしまい、お嬢さんの細い両腕を思いっきりつかんでいた。そしてそのまま一緒にもつれこむようにして畳のうえに倒れた。
それから後のことは良く覚えていないが、すべてがあっという間の事のようだった。あの不気味な妖しがどうなったかも記憶にない。
だが、そこで一年、二年と歳月を経るうちに、どうしてもお嬢さんを見ているともやもやとした苦しいような、やるせないような想いを抱くようになってしまった。坊に言うても解らないだろうなぁ、まだ。
とはいうものの、使用人と良家のお嬢様だ。いくら思ったからといってどうにもなるもんでない。諦めてはいるものの、その夜は妖しに引きずられるようにして、お嬢さんの寝ていらっしゃる部屋の近くまで来てしまった。
黒い妖しは、お嬢さんの部屋のまえで止まって、軽く襖を叩いているようだ。
「あら? ミミと思ったら、今夜はイザーなの?」
山水の絵模様がえがかれた襖が、がらりとひらかれ、白地に薄紅の花柄の浴衣をまとったお嬢さんが笑顔であらわれた。夜目にも、そこに白い花が咲いたようで、美しいけれど、それはひどく儚げな風情で、わしは何故か辛くなってきた。
もともとお嬢さんは身体が弱く、しょっちゅう体調をくずしては寝込んでいて、女学校も休みがちで友達も少なく、思えば、わしがお嬢さんとそう親しくしてもゆるされていたのは、遊び友達がほとんどいないお嬢さんを哀れんで、奥様がそっとしておいてくれたせいだろう。
お嬢さんは、ほんの少し向こうにいるわしには気づかず、黒い異形の生き物を、まるで慈しむようにして頭を撫でる。わしは見ていてはらはらした。いくら見た目は幼児のようでも、あんな妖怪のようなものを側に近づけていいものだろうか。止めた方がいいかもしれないが、声をかけていいものかどうか……。わしはしばし悩んだが、勇気を出して一歩進んだ。
「お嬢さん……幸恵お嬢さん、」
「あらっ! 友さんじゃないの?」
白い頬をおどろきと緊張にはりつめさせて、お嬢さんはわしを見上げた。心なしか、黒水晶のような黒い目の奥には恐怖がこもっていた。その怯えたような一瞬の目つきが、わしから正気を奪ってしまったんだ。
こんな妖しを可愛がっていながら、わしを卑しむように恐れるなんて……と。
わしは、この不気味そうな化物よりも嫌がられているのかと。
今思えば、使用人の分際で、夜中に主の娘の寝室まで来ている非常識さを棚にあげて、身勝手な怒りだった。
わしの怒りを感じ取ったのだろう。お嬢さんはますます怯えて、部屋に逃げこもうとした。わしは完全に正気を失くしてしまい、お嬢さんの細い両腕を思いっきりつかんでいた。そしてそのまま一緒にもつれこむようにして畳のうえに倒れた。
それから後のことは良く覚えていないが、すべてがあっという間の事のようだった。あの不気味な妖しがどうなったかも記憶にない。
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