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魔女の血 六
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それでも奥様に対して批判がきついのは、奥様の素性がはっきりしないところで、旦那様が若いころ、外国で拾ってきた〝からゆきさん〟――つまり、海外で娼婦をしていた日本女性ではないか、もしくはそういった類の女が生んだ娘ではないかと言われているせいだ。
そういう噂がたったのは、南洋の国で暮らしたのが長かったせいもあって、奥様の肌が日に焼けて浅黒く、幸か不幸か、鼻筋が整って、日本の女離れしたほどに美人なせいだ。地元の古い世代の人や、舟木家の親戚から見たら、美代奥様は外国で旦那様に取り入って、旦那様をたぶらかして骨抜きにした魔性の女のように見えるのだろう。
また、偶然なのだろうが、旦那様の許婚者になる女性に不幸が怒ったり、旦那様のお父上、前のご当主が突然亡くなられたりと、奥様にとっては都合のいい不幸が次々起こったせいで、年寄りなどは、「あの女が呪いでもかけたのではないか」と真顔で嘯いたりしているらしい。
その後も、嘘か本当か、舟木家の商売仇や、旦那様がよそに囲っていらしたお妾さんに不慮の事故など災難が続いたりしたせいで、口の悪い人間などは、まるで奥様が自分の気に入らない人間に災いをもたらしたかのように、奥様のことを影でやれ魔女だ、妖婦だと言っているという。
そんな暗い一面もありはするものの、それでも美代奥様が舟木家の身上を守ってきたのも事実だ。もっとも、そうやって美代奥様が采配をふるって家を盛り立てれば盛り立てるほど、旦那様は家をあけるようになり、女や酒にはしるようになってしまったそうだが。
そういえば、その頃も旦那様はお屋敷には帰っていらっしゃらなかった。おそらく新しい愛人の元へでも泊まり込んでいらしたのだろう。
「ミミとイザーが全部教えてくれたのよ……」
幸恵お嬢さんの、奥様の飴色の肌とはまるでちがう青白い肌が、その一瞬だけ、夜目にも生命力を取り戻したかのように輝いた。魔女とまで畏れられるほどの奥様に、いったいどうして幸恵お嬢さんのような病弱な娘が生まれたのだろう、と世間を訝しませつづけてきたお嬢様だったが、わしとこうなって〝女〟になってしまったお嬢様は神経が太くなったようで、精神的にも強くなり、まるでか細い全身から妖気のようのものを発しているようにさえ感じられるようになってきた。そして、わしはその妖気にからめとられてしまったかのように、お嬢様にのめりこんでしまった。
「ミミとイザーはね、遠い海の向こうの国で生まれたんですって。自分に命をあたえてくれた人のために働いてきたんですって。そういうふうに生まれついているのよ、あの二人は。だから、血をくれたお母様のために一所懸命はたらいたのに……お母様は冷たいわ」
お母様は冷たい……。そうつぶやくお嬢様の目には哀感がこもっていた。
「私ね、子どものとき見たのよ。熱を出して寝こんでいたとき、側でお母様が何かに語りかけているようだったの」
ぼんやりした視界に映ったのは、小さな瓶だったという。
そういう噂がたったのは、南洋の国で暮らしたのが長かったせいもあって、奥様の肌が日に焼けて浅黒く、幸か不幸か、鼻筋が整って、日本の女離れしたほどに美人なせいだ。地元の古い世代の人や、舟木家の親戚から見たら、美代奥様は外国で旦那様に取り入って、旦那様をたぶらかして骨抜きにした魔性の女のように見えるのだろう。
また、偶然なのだろうが、旦那様の許婚者になる女性に不幸が怒ったり、旦那様のお父上、前のご当主が突然亡くなられたりと、奥様にとっては都合のいい不幸が次々起こったせいで、年寄りなどは、「あの女が呪いでもかけたのではないか」と真顔で嘯いたりしているらしい。
その後も、嘘か本当か、舟木家の商売仇や、旦那様がよそに囲っていらしたお妾さんに不慮の事故など災難が続いたりしたせいで、口の悪い人間などは、まるで奥様が自分の気に入らない人間に災いをもたらしたかのように、奥様のことを影でやれ魔女だ、妖婦だと言っているという。
そんな暗い一面もありはするものの、それでも美代奥様が舟木家の身上を守ってきたのも事実だ。もっとも、そうやって美代奥様が采配をふるって家を盛り立てれば盛り立てるほど、旦那様は家をあけるようになり、女や酒にはしるようになってしまったそうだが。
そういえば、その頃も旦那様はお屋敷には帰っていらっしゃらなかった。おそらく新しい愛人の元へでも泊まり込んでいらしたのだろう。
「ミミとイザーが全部教えてくれたのよ……」
幸恵お嬢さんの、奥様の飴色の肌とはまるでちがう青白い肌が、その一瞬だけ、夜目にも生命力を取り戻したかのように輝いた。魔女とまで畏れられるほどの奥様に、いったいどうして幸恵お嬢さんのような病弱な娘が生まれたのだろう、と世間を訝しませつづけてきたお嬢様だったが、わしとこうなって〝女〟になってしまったお嬢様は神経が太くなったようで、精神的にも強くなり、まるでか細い全身から妖気のようのものを発しているようにさえ感じられるようになってきた。そして、わしはその妖気にからめとられてしまったかのように、お嬢様にのめりこんでしまった。
「ミミとイザーはね、遠い海の向こうの国で生まれたんですって。自分に命をあたえてくれた人のために働いてきたんですって。そういうふうに生まれついているのよ、あの二人は。だから、血をくれたお母様のために一所懸命はたらいたのに……お母様は冷たいわ」
お母様は冷たい……。そうつぶやくお嬢様の目には哀感がこもっていた。
「私ね、子どものとき見たのよ。熱を出して寝こんでいたとき、側でお母様が何かに語りかけているようだったの」
ぼんやりした視界に映ったのは、小さな瓶だったという。
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