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魔女の血 八
しおりを挟むどうあっても、わしには子を堕ろさせようなんて料簡はなかった。生まれて初めて本気で惚れた人とのあいだに出来た子だ。何と言われても生ませるつもりだった。
わしは咄嗟に二人で逃げることを考えた。二 人でどこか遠いところ、東京か大阪へでも逃げて暮らそうと本気で考えていた。だが、お嬢様の身体が、到底、その後の生活に耐えて子を生めるようでないことは、男のわしの目で見ても明らかだった。
どうしたものかぐずぐず悩んでいるうちに、離れ付きの女中がお嬢様の身体の異変に気づいて、奥様や旦那様の耳に事実が入ってしまった。わしは呼び出され、怒った旦那様に――また間の悪いことに旦那様はそのときかなり酔っていらした――殴られた。他の使用人の男たちからも散々殴る蹴るの暴行を受けた。仕方ない。すべては自分のせいでこうなったのだ。
わしは必死にその制裁に耐えながらも、これでどうにか旦那様がお怒りをしずめられ、お嬢様をゆるしてくれないか、そればかり考えていた。
わしは縄で縛られて納屋に監禁された。誰も警察に訴えようなんて思いもしない。舟木家はその町有数の名家で、権力もある。戦争が終わって世の中が民主主義の時代になったといっても、どこの馬の骨ともわからぬ使用人が主家の娘に手を付けたのだから、殺されたって文句は言えない。本当に殺されても、使用人たちは黙っていたろう。ろくに手当てもされず、食べ物もほとんどもらえず、監禁されて三日目、わしは死を覚悟した。
だが三日目の夜、暗い納屋へあらわれたのが美代奥様だった。
「友之、大丈夫かい? ああ……気の毒に。ゆるしておくれよ。何とかおまえと幸恵のことを許してくれるよう旦那様に頼んでみたけれど、頑として聞き入れてくれないんだよ」
縄をほどいてくださりながら、奥様は首をふった。
「長男も次男もいい所から嫁をもらって、家は安泰なんだから、病弱な幸恵は好いた男と添い遂げさせてやればと説得したんだけれどねぇ……、舟木家の娘を使用人と結婚させられるか、とそればかり。でも、それを言うなら、私たちだって……」
奥様は悔しげに納屋の薄闇をにらんでいらした。昔のことを思い出していらしたのだろう。奥様もまた身分ちがいだと散々周囲から言われつづけてきたのだから。
「さぁ……このお金を持って逃げるといい。大丈夫だよ、納屋の外には私がたのんだ男が待っているから。そいつと東京へ行くといい」
奥様はそう言ってわしの鼻血の染みついた汚れた着物の懐に封筒を押しこんだ。
「幸恵の子どものことは、私が何とかするからね。大丈夫。なんとしても必ず守ってみせるよ」
「お、奥様ぁ……」
わしは感謝のあまり涙が出た。
妖女だ魔女だなんてとんでもない、わしにとっては奥様は観音様だ。
そしてわしは奥様が手はずを頼んでおいた男に伴われて東京へ向かった。東京での仕事もその男が世話してくれた。
幸恵お嬢様とはその後会うことはなかった。世話になったあの男が数年後かにおとずれて来て知らせてくれた。お嬢様はやはり出産の苦労に耐えられず、赤子を生み落としてから亡くなったという。赤子は女の子だったという。わしはそれを聞いた夜は一晩じゅう泣きあかした。
やがては、一人暮らしの寂しさに耐えかねて、職場で知り合った子連れの後家と結婚した。それが、おまえのお祖母ちゃんだ。お祖母ちゃんのことも嫌いではなかったが、心に思うのは、やはり幸恵お嬢様のことだけで、結局お祖母ちゃんにも愛想を尽かされてしまったが。まぁ……しょうがない。
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