闇より来たりし者

平坂 静音

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戦い 五

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「つまりですね、その赤ちゃんは、本来なら母親が受けるはずだった病気の被害を身代わりになってもらってきてしまったのです。言い方をかえれば、その母親は性病感染をしたとき妊娠中――、多分初期だったと思うのですが、だったことが幸いして、と言ってはいけませんが、母親自身が病気になることはなかったのです。赤ちゃんが病毒を吸い取ってくれたからです」
 つまり、その赤ちゃんは母親がなるはずの病気を肩代わりしてしまった……?
 そういうこともあるのだ。
「それと同じことが起こったのではないでしょうか? 美代さんという方は、原爆投下当時、おそらくは妊娠の初期の段階で、まだ当人も妊娠していることに気づいていなかったのかもしれません。そんなときに原爆の放射能を浴びてしまった。当人自身は健康に問題はなかったけれど、その影響は胎児がもらってしまった、と」
 そう言えば……。私は記憶の糸をたぐりよせてみた。
 終戦のころは本当に大変だった、赤ちゃんのお乳も出なかった、といつだったか長崎の舟木家に帰省したとき、美代おばあちゃんがそう誰かにぼやいていたのを聞いたことがあった。
 終戦のころ、つまり原爆投下後の一年内におばあちゃんは赤ん坊を生んだのだ。子どもだった私は気にも止めなかったけれど……、でも、きっとそれは幸恵さんのことにちがいない。
「そして、その放射能の影響を受けてしまった幸恵さんから血をもらうことによって、トヨールたちにも放射能の影響がつたわり、それがトヨールたちを変異させてしまったのでは? ちょうど普通の人間が放射能の影響によって病気になってしまうのと逆に、トヨールたちは強化し、進歩してしまったのでは?」
 アレックスの言葉に私は息を吐いた。
 ちょっと受けとめにくい発想だ。
 なんていうのか、昔の原爆の話を持ち出されて、それがあの魔物たちにも影響をあたえている、なんて言われても……。
「放射能といえばね、恵理さん、覚えていますか? マレーシアの王子を見舞うために来日したボモーの件?」 
 言われてみてうなずいた。
 そのボモーは、広島で被爆して後に亡くなられたマレーシアの王子様を助けようとしたのだけれど、助けられず日本で亡くなったと教えてくれたのはアレックス当人だ。
「彼は王子を助けようという善なる目的でトヨールを使ったのかもしれません。けれど、その治療に当たって、耐えきれず突然死してしまったのです。それほどに王子の病魔は恐ろしく、強大だったのでしょう。そのボモーが使ったトヨールに対しても、イザーやミミというトヨールたちに対しても、放射能というのは、不思議な、私たちの想像を超えた影響をあたえるものなのかもしれません」
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