闇より来たりし者

平坂 静音

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血鎖 四

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(だって、現に、あんたはこんなにはっきりと私を目で見ることができて、私と話しができるじゃない。普通の人間は、よっぽど霊能力のある人でない限り、私たちを見ることなんて無いのよ。まぁ、稀に小さな子どもの目には見えることもあるようだけれど) 
「や、やめてよ、来ないでよ」
 私は針をにぎる手に必死に力をこめようとしたけれど、針先が震えているのが自分でもわかる。相手は嘲笑うように宙を舞う。
「消えて! あんたちは存在しちゃいけないのよ!」
(ひどいわね。勝手に作っておいて、自分勝手な目的のために散々わたしたちを利用しておいて、それはないんじゃない? わたしたちのおかげで美代はのぞむ結婚をして、お金をたくさん得て……、そのおかげであんただってけっこういい目を見たんじゃない)
「そ、それは、そうだけれど、でもそれはもう過去のことよ! あんたたちはもう消えなきゃいけないのよ!」
(嫌よ! 生まれる前から人間たちの思惑にいいように振りまわされてきて、もう用はないから消えろだなんて、冗談じゃないわ。わたしたちはね、生まれる前、母親のお腹のなかにいるときから殺されそうになったのよ)
 私は一瞬、はりつめていた肩の力を抜いた。
(何故って? 私たちの母親は夫とは別の男の種をもらって、私たちが出来からよ。ボモーの夫は、表面上は妻を少しも疑っていない優しいふりをしながら、妻の食事や飲み物に赤子を流産させる毒薬を入れたのよ。ところがね……)
 そこでミミは腰を曲げるように、くっ、くっ、と笑った。
(流産することなく私たちは生まれてきたわ。でも、わたしたちを見た瞬間、今度は母親が私たちを殺すことを決心したの)
 私はとまどいながらも黙って聞いていた。
(そうして私たちは母親の手によって口と鼻を押さえつけられ、殺されたの。けれどボモーである夫は、私たちの身体を使ってトヨールを作ることにしたの。やっぱりボモーだけあって霊感がはたらいて、わたしたちが特別な存在だと気づいたんでしょうね。そうしてトヨールとして新たに世に生み出されたわたしたちは、今度は金めあての母親の浮気相手の男、つまりわたしたちの実父でボモーの弟子になる男によって盗み出され、トヨールを欲しがる女に売り飛ばされたの)
 けらけらと、ミミは何がおかしいのか笑いつづける。
(ねぇ、すごいでしょう? 性欲、不貞、憎悪、嫌悪、金、そんなものにとことん振りまわされてわたしたちは生きてきたのよ)
(そうさ、僕らは薄汚れた人間の卑しい感情に凝りかたまった妖怪、魔物なんだよ)
 突然、べつの声が割りこんできて私はびっくりした。それは、勿論、イザーの声だった。
 部屋に、もうひとつのシルエットが浮かびあがる。それは灰色から薄い黒色に変わっている。
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