闇より来たりし者

平坂 静音

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新生 三

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 ふと、咲子は理恵から聞いた事故にあったという友人の話を思い出した。あれは、去年の秋のことだった。結局その友人は退学したと聞いたが、彼女のことだろうか?
「あの、もしかして、理恵ちゃんの友達で、事故にあったっていう人ですか?」
 自分でも、もっとマシな訊ね方はないのかと、言ってから恥ずかしくなったが、相手はあわてたように首をふった。
「いえ、それは私じゃないわ。あ、それじゃ、それ、お願いね」
 言うや、相手はコートの黒い背を見せ、小走りに去っていく。その足元はふらついているようで、どことなく不吉な印象がのこった。
(あ、もしかして……?)
 両親が噂していたのを思い出した。
 理恵ちゃんの学校で、親を殺そうとした子がいるらしい、と。いや、殺すつもりじゃなかったろうけれど、時計か何かをぶつけたらしくて、一時、その母親は危なかったそうだ。幸い、一命をとりとめたし、父親か祖父が、かなり金持ちだそうで新聞沙汰などにはならなかったとか。あんなお嬢さん学校で、そんな大それたことをする子もいるんだねぇ……という母親の声が思い出された。
 咲子は両親の会話から、犯罪事件を起こしても、親が有力者だと新聞で報道されることもないということに考えさせられた。犯罪の程度にもよるのだろうけれど、なんとなく不公平な話で気に入らない。家庭内の親子喧嘩として処理され、その学生は刑務所に入ることもないのだろうが、大学はさすがに退学したらしいと、それも両親の会話から聞き知った。
(もしかして、それが、今の人なのかな?)
 好奇心で、咲子は紙袋を覗いてみた。何があるのだろう? 
 目の前にあらわれたのは、黒い小瓶だった。キャンディかなにかの瓶のようだ。
 ほとんど本能にしたがって、指で触れてみた。
(血を、ちょうだい!)
 咲子は硬直した。危うく、紙袋を落とすところだった。
 空耳だと思った。
 恐る恐る瓶を取り出し、夕方の陽に当ててみて、叫びそうになった。
 そこにいたのは大人の親指ほどの大きさの……なんだろう? 小人の人形のように見えるものがあるのだ。しかも、動いている!
(血をちょうだい! そしたら、あんたの頼みを聞いてあげる)
 血? 
(いいでしょう? ほんの一滴でもいいの)
 奇妙なことに、その黒い小さな人形のようなものの声は妙に甘く咲子の耳にしのびこむ。
「わ、私の願いを聞いてくれるの?」 
(なんでもしてあげるよ)
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