12 / 62
花の都 四
しおりを挟む
マルゴは少し気落ちしたものの、ミルクホールでパンとコーヒー、オムレツという朝食を前にすると食欲が湧き、目のまえに出された料理をつぎつぎ口にはこんだ。
このときは気づかなかったが、今のパリでこうした食事を取れるのは大変な僥倖だったらしい。数ヶ月におよぶ戦争の影響で首都圏では食糧や物資が欠乏し、昨年末から物価は高騰し、日用品にも事かくようになっているという。田舎で毎朝、鶏の産む新鮮な卵を食べていた自分たちが恵まれていたことに後になってマルゴは気づくのだが、今は食べるのに夢中だった。
「若いわねぇ」
ヴァイオレットが眩しいものでも見るように、空になったマルゴの皿を見下ろし微笑む。
「よかったら、私の分のオムレツも食べる?」
ヴァイオレットの口調は柔らかなものだが、マルゴは赤面しつつ首を振った。さすがにそれはあまりにもはしたない。
「いいのよ。……私だって、本当はそんな良い家の育ちというわけじゃないのよ」
「え? でも、先生のお父様って、ご立派な紳士だと聞きました」
「ふふふ……。ほら、」
いつもは青い氷のような瞳が、今は陽だまりの水たまりのように優しく輝いてマルゴをそそのかす。おずおずと、マルゴは自分の空の皿とヴァイオレットの皿をとりかえた。
「父はそこそこ名のある家の出だったけれど……母はね、父と結婚することなく私を産んだのよ」
「そ、そうだったんですか」
初耳だ。思わずオムレツを食べる手を止めて、マルゴはヴァイオレットの顔を見た。ヴァイオレットはそんなマルゴのとまどいぶりを笑って見ている。
「先々生きていくために教育を身につけた方がいいと母と祖母は私を修道院へ入れたの。そこは中流家庭の娘が多くて……やっぱり私のような身の上の人間は妙な目で見られたものだわ。祖母も母も亡くなり、父も亡くなって、今では天涯孤独の身の上よ」
「わたしと同じですね」
マルゴは苦手だったヴァイオレットに意外な共通点を見つけ、奇妙な親しみをおぼえていた。
「あら、そうなの?」
「はい。母はわたしが子どもの頃亡くなりましたし、父も、わたしが生まれる前に亡くなったと聞いています」
「そう。きょうだいはいないの?」
「いません」 マルゴは首を振った。
ふうん……というかすかな声とともにヴァイオレットは下唇を噛んでから訊いてきた。
このときは気づかなかったが、今のパリでこうした食事を取れるのは大変な僥倖だったらしい。数ヶ月におよぶ戦争の影響で首都圏では食糧や物資が欠乏し、昨年末から物価は高騰し、日用品にも事かくようになっているという。田舎で毎朝、鶏の産む新鮮な卵を食べていた自分たちが恵まれていたことに後になってマルゴは気づくのだが、今は食べるのに夢中だった。
「若いわねぇ」
ヴァイオレットが眩しいものでも見るように、空になったマルゴの皿を見下ろし微笑む。
「よかったら、私の分のオムレツも食べる?」
ヴァイオレットの口調は柔らかなものだが、マルゴは赤面しつつ首を振った。さすがにそれはあまりにもはしたない。
「いいのよ。……私だって、本当はそんな良い家の育ちというわけじゃないのよ」
「え? でも、先生のお父様って、ご立派な紳士だと聞きました」
「ふふふ……。ほら、」
いつもは青い氷のような瞳が、今は陽だまりの水たまりのように優しく輝いてマルゴをそそのかす。おずおずと、マルゴは自分の空の皿とヴァイオレットの皿をとりかえた。
「父はそこそこ名のある家の出だったけれど……母はね、父と結婚することなく私を産んだのよ」
「そ、そうだったんですか」
初耳だ。思わずオムレツを食べる手を止めて、マルゴはヴァイオレットの顔を見た。ヴァイオレットはそんなマルゴのとまどいぶりを笑って見ている。
「先々生きていくために教育を身につけた方がいいと母と祖母は私を修道院へ入れたの。そこは中流家庭の娘が多くて……やっぱり私のような身の上の人間は妙な目で見られたものだわ。祖母も母も亡くなり、父も亡くなって、今では天涯孤独の身の上よ」
「わたしと同じですね」
マルゴは苦手だったヴァイオレットに意外な共通点を見つけ、奇妙な親しみをおぼえていた。
「あら、そうなの?」
「はい。母はわたしが子どもの頃亡くなりましたし、父も、わたしが生まれる前に亡くなったと聞いています」
「そう。きょうだいはいないの?」
「いません」 マルゴは首を振った。
ふうん……というかすかな声とともにヴァイオレットは下唇を噛んでから訊いてきた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』
月影 朔
歴史・時代
元亀四年、病で倒れたとされる武田信玄は生きていた。天下の行く末を憂う彼は、あえて「謀反人」の汚名を着て影で活動する。その真意を探る密命を受けた若き忍び・疾風の小太郎は、信玄が残した「秘策」を求め、旅に出る。
各地で出会う仲間たち、そして織田信長の放つ刺客との死闘の中で、小太郎は信玄の壮大な計画の全貌に迫っていく。それは、武力による統一ではなく、人の心を繋ぎ、古き良き日本の魂を取り戻すための、深謀遠慮の策だった。
信玄の真の忠義が試される時、歴史は大きく動き出す。これは、影で天下を動かした男と、その志を継ぐ若者が織りなす、感動と成長の戦国絵巻である。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる