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夢の館で 六
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不吉な言葉にマルゴは息を飲んだ。
「そ、そんな……! お怪我は大したことじゃないと……」
「怪我だけじゃないのよ」
ヴァイオレットは溜息をつく。
「以前からずっとお身体の具合が悪かったの。それでも無理して仕事を続けられていて、そこへこの怪我は致命的だわ。今は私たちの前で無理してなんでもないお顔をしていらっしゃったけれど……あんなに汗をかかれて」
マルゴはまったく気付かなかった己の迂闊さに歯噛みした。
「もう……夏は越せないかも」
マルゴが驚いたことに、ヴァイオレットの目から水晶のような涙が浮きあがり、白い頬に伝う。
「や、やめて下さい、縁起でもない!」
マルゴにとっては主人であり、父親代わりでもあるブルーム氏が亡くなるなど考えたくもない。そんなことになれば、自分はもとよりクララはどうなるのだろう。その想いを読んだかのようにヴァイオレットはまたぽつりとこぼす。
「だから、旦那様はクララの結婚を急いでいらっしゃるのよ。なんとかご自身の命があるあいだにクララを嫁に出したいと望んでいらっしゃるの。今年中に婚約者と結婚させたいんでしょうね」
その言葉にマルゴは自分の胸が奇妙に疼くのを自覚した。
食事は厨房で執事のエティンヌと一緒に取ることになった。厨房には下働きの老女と三十代ぐらいの料理人の男の二人がいるだけだ。庭にいて門を開けてくれた男だ。
「こんなものしかないのだけれど」
ジャコブという名の料理人は申し訳なさそうに木のテーブルにパンとスープをならべたが、それだけでも今のパリでは大変な御馳走らしい。昨年末から食糧や物資が困窮したパリでは、貧しい庶民は犬や猫、はては鼠を食べて飢えをしのいでいるという。マルゴはつくづく田舎での生活がどれほど恵まれていたか実感した。
四人が食前の祈りをささげ倹しい夕食を取っていたとき、呼び鈴が鳴った。
「こんなときに誰だろう?」
エティンヌが席を立って玄関へ向かう。もしや田舎のクララから電報か、と思い、気になったマルゴはヴァイオレットを見た。ヴァイオレットもおなじことを思っていたらしく、頷くと席を立った。
「そ、そんな……! お怪我は大したことじゃないと……」
「怪我だけじゃないのよ」
ヴァイオレットは溜息をつく。
「以前からずっとお身体の具合が悪かったの。それでも無理して仕事を続けられていて、そこへこの怪我は致命的だわ。今は私たちの前で無理してなんでもないお顔をしていらっしゃったけれど……あんなに汗をかかれて」
マルゴはまったく気付かなかった己の迂闊さに歯噛みした。
「もう……夏は越せないかも」
マルゴが驚いたことに、ヴァイオレットの目から水晶のような涙が浮きあがり、白い頬に伝う。
「や、やめて下さい、縁起でもない!」
マルゴにとっては主人であり、父親代わりでもあるブルーム氏が亡くなるなど考えたくもない。そんなことになれば、自分はもとよりクララはどうなるのだろう。その想いを読んだかのようにヴァイオレットはまたぽつりとこぼす。
「だから、旦那様はクララの結婚を急いでいらっしゃるのよ。なんとかご自身の命があるあいだにクララを嫁に出したいと望んでいらっしゃるの。今年中に婚約者と結婚させたいんでしょうね」
その言葉にマルゴは自分の胸が奇妙に疼くのを自覚した。
食事は厨房で執事のエティンヌと一緒に取ることになった。厨房には下働きの老女と三十代ぐらいの料理人の男の二人がいるだけだ。庭にいて門を開けてくれた男だ。
「こんなものしかないのだけれど」
ジャコブという名の料理人は申し訳なさそうに木のテーブルにパンとスープをならべたが、それだけでも今のパリでは大変な御馳走らしい。昨年末から食糧や物資が困窮したパリでは、貧しい庶民は犬や猫、はては鼠を食べて飢えをしのいでいるという。マルゴはつくづく田舎での生活がどれほど恵まれていたか実感した。
四人が食前の祈りをささげ倹しい夕食を取っていたとき、呼び鈴が鳴った。
「こんなときに誰だろう?」
エティンヌが席を立って玄関へ向かう。もしや田舎のクララから電報か、と思い、気になったマルゴはヴァイオレットを見た。ヴァイオレットもおなじことを思っていたらしく、頷くと席を立った。
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