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一章 第一部
一章 第一部 再開
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「本当に、この裏…… なのか……?」
アヌビスの言葉を聞いた直後、僕は急いでその岩の陰に背をつけて息を潜めた。
まあ、さっきまであれだけ大声で話していたので、あまり効果があるとは思えないが。
「……すさまじい行動力ですね…… それに……」
僕を呆れた様子で見るアヌビス。その後若干言葉を濁す。
「……それに、今悲鳴が聞こえてこないのはおかしい、か?」
「……はい、そうです。この距離なら時雨さんにだって普通に聞こえるはずなのに、私にすら聞こえません。一応、衝撃的な光景を目の当たりにする覚悟はしておいたほうがいいかと」
……アヌビスはこう言ってるが、つまりそれは、人が殺されているかもしれない、ということだろうか。
……こんな異世界らしさはいらなかった。
できればのんびりと暮らしたいし、死体なんて見たくもない。
しかし…… そういうわけにもいかないんだろうなぁ……
「……慎重に、回り込みましょう」
「……そうしよう」
僕たちはお互い示し合わせて、岩の陰に背中をつけたまま、じりじりと岩をなぞるようにして進んでいく。
「………………………………て」
「……? なんだ……?」
岩の四分の一くらいを進んだだろうか。
何か…… 声が聞こえた気がした。
後ろにいるアヌビスにもその声は聞こえたようで、首をぶんぶんと振っている。
どうやら、悲鳴を上げた人が死んでいる、ということはなさそうだった。
「なあ、どっちの方向から聞こえた?」
僕はアヌビスに小声で確認する。
「……あっち…… いや、ついてきてください」
『サラマンダーの大腿骨』に灯していた明かりを消し、アヌビスは僕にそう言った。
僕は慎重に頷き、月明かりが照らす薄暗い夜の中を、手探りで進んでいく。
不意に、明るい小さな点が目に飛び込んだ。
よく目をこらして少し離れているそれを見てみると、それは小さなテントの集合体だった。
商人とかが旅の合間でああいう風なテントを使っていそうだ。
「商人のキャンプ、ですか…… こんな時期に、珍しいですね……」
僕の予想は当たっていたようだ。
「あの声は…… あそこから聞こえたのか?」
「はい。距離的に考えてもおそらく間違いは無いかと」
「そうか……」
あれだけ大人数が泊まれそうな施設からの声があれだけ…… か。
少し、気楽な感覚はなくした方がいいな……
僕はそう思いながらも、また歩み始めたアヌビスについて行くのだった。
「あれは…」
テント一つ一つの形が鮮明に見えるようになったところで、アヌビスが呆然と呟いた。
「どうしたんだ?」
アヌビスに聞くも、返事は帰ってこない。
「おい、なにが……」
「……時雨さん、あなたは…… 血とか大丈夫だったりします?」
「へ? 血?」
ゆっくりと言うアヌビスに向かって、僕はそう聞き返した。
血って…… それはいったいどういう……?
「……!」
その疑問が脳を駆け巡ったとき、アヌビスがずっと一点を見つめ続けていることに気付いた。あのテントの集合体。
しかし、ここから見た限りではおかしなところはないように見えるが……
小さな山の麓に扇を広げるようにしてそのテントたちは広がっていた。
「いや…… この場合は…… 時雨さん」
アヌビスは何かぶつぶつと呟くと、僕の方に振り向いた。
その目は、いつになく真剣で、怯えているようにも感じる。
「あなたには…… 二つの選択肢があります」
「選択肢?」
「そう、選択肢です。一つ目は、何も見なかったふりをしてここから立ち去り、柊さんや乃綾さんのいるところに合流する。二つ目は、全てを見る覚悟をして、この先に……あのテントへ向かう、です。どちらがいいですか?」
「…………」
アヌビスがこれだけ言うということは、かなりの凄惨な光景があのテントの周辺に広がっているのだろう。
僕は怪談や、ホラーゲームは全然好きじゃない。
怖いものは大嫌いだ。人が死んでいるのはもっと嫌だ。
でも…… その前に見過ごせない問題が、一つある。
「アヌビスは、全部見えてるんだよな?」
「……はい。あれは、はっきりと見えています」
アヌビスはおそるおそるあのテントたちの方を指さす。
「じゃあ、僕は見ないといけないな」
「え? でも…… かなりひどい光景ですよ? 一生もののトラウマになるかも……」
「それなら、なおさらアヌビス一人に抱え込ませるわけにはいかないだろ?」
アヌビスははっと驚いたような顔をして、僕の顔を見上げる。
その顔に、僕は笑いかけた。
まあ、僕の後頭部が月の光を完璧に遮っていたので、表情は見えないと思うが。
「心の準備は…… 正直言ってできてないけど、ま、頑張ってみるよ」
「…… はい!」
僕たちは、歩みを再開させた。
アヌビスの言葉を聞いた直後、僕は急いでその岩の陰に背をつけて息を潜めた。
まあ、さっきまであれだけ大声で話していたので、あまり効果があるとは思えないが。
「……すさまじい行動力ですね…… それに……」
僕を呆れた様子で見るアヌビス。その後若干言葉を濁す。
「……それに、今悲鳴が聞こえてこないのはおかしい、か?」
「……はい、そうです。この距離なら時雨さんにだって普通に聞こえるはずなのに、私にすら聞こえません。一応、衝撃的な光景を目の当たりにする覚悟はしておいたほうがいいかと」
……アヌビスはこう言ってるが、つまりそれは、人が殺されているかもしれない、ということだろうか。
……こんな異世界らしさはいらなかった。
できればのんびりと暮らしたいし、死体なんて見たくもない。
しかし…… そういうわけにもいかないんだろうなぁ……
「……慎重に、回り込みましょう」
「……そうしよう」
僕たちはお互い示し合わせて、岩の陰に背中をつけたまま、じりじりと岩をなぞるようにして進んでいく。
「………………………………て」
「……? なんだ……?」
岩の四分の一くらいを進んだだろうか。
何か…… 声が聞こえた気がした。
後ろにいるアヌビスにもその声は聞こえたようで、首をぶんぶんと振っている。
どうやら、悲鳴を上げた人が死んでいる、ということはなさそうだった。
「なあ、どっちの方向から聞こえた?」
僕はアヌビスに小声で確認する。
「……あっち…… いや、ついてきてください」
『サラマンダーの大腿骨』に灯していた明かりを消し、アヌビスは僕にそう言った。
僕は慎重に頷き、月明かりが照らす薄暗い夜の中を、手探りで進んでいく。
不意に、明るい小さな点が目に飛び込んだ。
よく目をこらして少し離れているそれを見てみると、それは小さなテントの集合体だった。
商人とかが旅の合間でああいう風なテントを使っていそうだ。
「商人のキャンプ、ですか…… こんな時期に、珍しいですね……」
僕の予想は当たっていたようだ。
「あの声は…… あそこから聞こえたのか?」
「はい。距離的に考えてもおそらく間違いは無いかと」
「そうか……」
あれだけ大人数が泊まれそうな施設からの声があれだけ…… か。
少し、気楽な感覚はなくした方がいいな……
僕はそう思いながらも、また歩み始めたアヌビスについて行くのだった。
「あれは…」
テント一つ一つの形が鮮明に見えるようになったところで、アヌビスが呆然と呟いた。
「どうしたんだ?」
アヌビスに聞くも、返事は帰ってこない。
「おい、なにが……」
「……時雨さん、あなたは…… 血とか大丈夫だったりします?」
「へ? 血?」
ゆっくりと言うアヌビスに向かって、僕はそう聞き返した。
血って…… それはいったいどういう……?
「……!」
その疑問が脳を駆け巡ったとき、アヌビスがずっと一点を見つめ続けていることに気付いた。あのテントの集合体。
しかし、ここから見た限りではおかしなところはないように見えるが……
小さな山の麓に扇を広げるようにしてそのテントたちは広がっていた。
「いや…… この場合は…… 時雨さん」
アヌビスは何かぶつぶつと呟くと、僕の方に振り向いた。
その目は、いつになく真剣で、怯えているようにも感じる。
「あなたには…… 二つの選択肢があります」
「選択肢?」
「そう、選択肢です。一つ目は、何も見なかったふりをしてここから立ち去り、柊さんや乃綾さんのいるところに合流する。二つ目は、全てを見る覚悟をして、この先に……あのテントへ向かう、です。どちらがいいですか?」
「…………」
アヌビスがこれだけ言うということは、かなりの凄惨な光景があのテントの周辺に広がっているのだろう。
僕は怪談や、ホラーゲームは全然好きじゃない。
怖いものは大嫌いだ。人が死んでいるのはもっと嫌だ。
でも…… その前に見過ごせない問題が、一つある。
「アヌビスは、全部見えてるんだよな?」
「……はい。あれは、はっきりと見えています」
アヌビスはおそるおそるあのテントたちの方を指さす。
「じゃあ、僕は見ないといけないな」
「え? でも…… かなりひどい光景ですよ? 一生もののトラウマになるかも……」
「それなら、なおさらアヌビス一人に抱え込ませるわけにはいかないだろ?」
アヌビスははっと驚いたような顔をして、僕の顔を見上げる。
その顔に、僕は笑いかけた。
まあ、僕の後頭部が月の光を完璧に遮っていたので、表情は見えないと思うが。
「心の準備は…… 正直言ってできてないけど、ま、頑張ってみるよ」
「…… はい!」
僕たちは、歩みを再開させた。
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