4 / 69
彼の横顔 …2
しおりを挟むその人は目を細め私の顔をジッと見ている。
色黒で短めの髪、大きくちょっと釣り上がった瞳は、確実に私の脳裏に焼き付いていた。
でも、濃紺のスーツに身を包んだ背の高いいわゆるイケメンの部類に入るこの人は、やっぱり私の知り合いにはいない。
私が困った顔で首を傾げると、その人はプッと笑った。
「寧々、覚えてない? 俺だよ、幹太」
幹太…?
「…幹太? 憶えてるよ。
風尾小学校の時、一緒だった…」
でも、私はそこで口を閉じてしまった。
風尾小学校… 私が小学校五年の時まで通っていた学校…
その時に遭った事故で、私の左目は見えなくなった。
でも、私は、そんな暗い過去をとりあえず胸の奥に封印した。だって、せっかくその頃の友達に会えたのに、気まずい雰囲気でこの再会の場を壊したくない。
「鈴木幹太君、小学校以来だから、全然分からなかった。
でも、そう言われれば、いっぱい面影が残ってるね」
そう言いながらも、私はまともに幹太の顔が見れなかった。
さっきまで笑っていた幹太の顔は、眉間に皺をよせ何だか泣くのを堪えているように見えるから。きっと、私の事を憐れんでいる。そんな風に考える自体、私がひねくれているのだけど…
「寧々、俺、この近くに越して来たんだ。
東京の方に転勤になって、たまたまこの近くのマンションを紹介してもらって。
今日、色々な手続きをしにここに来たら、寧々がいてビックリしたよ」
さっき、つかの間に見せた悲しそうな顔の幹太はもういない。
子供の時のように自信に満ちたやんちゃな幹太に戻っている。
私は笑顔で頷き、でも、そんなに長く話せないのとジェスチャーで幹太にそう伝える。
「寧々、仕事の後に会える?
俺、今日は何もする事がなくて、寧々の仕事が終わる頃に、外の噴水の前で待ってるから。じゃあ、後で」
幹太は早口でそう言うと、戸籍住民課の方へ歩いて行く。
まるで何もなかったみたいに堂々と。
私はあっけにとられていた。幹太っていつもそう。何でも自分で決めて、でも私のしたいようにさせてくれる。
今だって、幹太ともっと話したいって思ってた。
そしたら、ほら…
やっぱり、幹太は分かってくれた。
*** *** ***
「寧々ちゃん?」
私がぼんやりしていると、今泉さんが私の肩を優しく突いた。
「あ、ごめんなさい」
もう正午になろうとしているのに、相変わらず区役所を訪れる人の数は少ない。
私が姿勢を正して座り直すと、隣で今泉さんが笑った。
「さっきの人、素敵な人だったね」
私が今泉さんの方を見ると、今泉さんは興味津々な顔をしている。
「小学校の時の同級生なんです。でも、私が五年生の時に転校しちゃったから、それ以来で…
本当にビックリ、こんな所で会うなんて」
今泉さんはまだ笑っている。
「彼は、寧々ちゃんの事好きだったんじゃない?
寧々ちゃんを見る目が、愛おしそうな切ないようなそんな優しい目をしてたから」
私は首を傾げて笑うしかなかった。
確かに、あの頃は、幹太のストレートな気持ちに子供の私でも気付いていた。
幹太は寧々が好き…
幹太にはっきり言われたわけじゃないけれど、優樹菜や周りの友達がそう言っていたから。
でも、あの頃の私は健常者だった。片目しか見えない今の私の事を知ったら、幹太は嫌いになるかもしれない。
「でも、寧々ちゃんは麻生さんとつき合うかもしれないんでしょ?
あ~、でも彼の眼差しに、麻生さん負けちゃうかもしれない」
私は今泉さんに見えるように、わざとらしくため息をついた。
「まだ、誰ともつき合ってません。
それに、さっきの彼だって、彼女がいるかもしれないし、それより結婚してるかもしれないし。
っていうか、話が飛躍し過ぎですよ~」
私達が目を見合わせて笑っていると、久しぶりに古時計の鐘の音が鳴り響く。
正午と夕方の五時にセットされているこの古時計の鐘の音は、古いレンガ造りの建物に本当によく合っていた。
この鐘の音を聞く度、時間の流れを痛感する。人とはちょっと違う人生を歩んできている私は、過去というものに深い思い入れがあった。
もし、過去に戻れるのなら、私は間違いなくあの事故があった日に戻りたい。事故の詳細は全く覚えていないけれど、でも、その日はどこにも出かけずに家に居なさいと、少女の私に伝えたい。
久しぶりにこの鐘の音を聞いたせいか、また後ろ向きな事を考えてしまう私がいた。
すると、時計の右側から幹太が歩いて来るのが見えた。
「寧々、後でな」
仕事中の私に気を遣った子供の頃と何も変わらない幹太の笑顔に、私は、瞬きも呼吸も忘れてしまいそう。
さりげなく手を振る幹太に、私は小さく頷いた。
幹太の思いがけない心遣いが私の胸をざわつかせる。恋愛に消極的で、前のめりになれない引っ込み思案の私の心が、驚いたようにときめき出す。
そんな事分かりきっている…
幹太を好きだった少女の私が、今の鈍感な私にそう教えてくれる。
当たり前じゃない…
だって、素直な頃の寧々は、幹太の事が大好きだったんだから。
半年ぶりに古時計の鐘の音を聞いた今日、私の目の前に初恋の人が現れた。
そして、初恋の人の出現で、私の隠れた過去が外に出たがっている。
「ねえ、ママ、寧々のぽっかり抜けちゃった思い出は、いつかは戻ってくるのかな」
中学生になったばかりの私は、母にそう聞いた事がある。
そんな時の母の顔には決まって涙が浮かんでいる。すぐに私を抱きしめて、大した記憶じゃないから戻らないのよって、背中をさすりながら小さな声でそう励ましてくれた。
それ以降、私はその話をするのを止めた。あの大きな事故はそれだけ私達家族を苦しめ、そしてその影は今でも私達家族の心に住みついていたから。
幹太と親しくなっていいのだろうかという不安な思いと、幹太が私の救世主になってくれるかもしれないという期待感が、私の頭の中をいっぱいにした。
そんな私は、正面に見える大きな古時計に目を向ける。
途方に暮れるほどの時間を刻んできた古時計に、今の私はどう見えているのだろう。
私は大きく深呼吸をした。
時間はどうあがいたって戻らないもの。
だったら、今も刻々と刻まれる時間を大切にしよう。
幹太との再会を素直に受け入れて、不安も期待もとりあえずは胸の奥底にしまい、純粋な子供の頃の自分に戻りたい。
途中で途切れてしまった楽しい思い出を、幹太とまた始めてみてもいいよね…?
0
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる