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彼の時間 …11
しおりを挟む麻生さんと今泉さんにさようならを言って、私達はやっと二人きりになれた。
幹太の表情を探る事もできず、完全に酔っ払いの私は言い訳めいた事ばかり幹太に話している。
「とにかく家に帰ろう」
幹太は一言だけそう言うと、ロータリーに待機しているタクシーを呼んだ。
タクシーの中でも幹太は何も言わない。私はその沈黙のせいで眠気が本格的になってきた。あ~、ダメだ、もう寝ちゃいそう…
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。幹太の布団の上で寝ていた私は、隣に幹太がいない事で目が覚めた。
「…幹太?」
リビングの明かりは点いていて、でも、テレビが消えているせいで沈黙が怖い。私はズキズキする頭をやっとの思いで持ち上げて、とりあえず布団の上に座ってみた。
すると、ベランダに人影が見えた。窓ガラス越しにしゃがんでいる幹太が見える。幹太は煙草を吸っていた。幹太が煙草を吸う姿は何度も見ている。でも、今の幹太のシルエットは何だか私の胸を締め付けた。
「幹太?」
私はベランダの窓を開けて、幹太の隣にしゃがみ込む。幹太のマンションのベランダは奥行きが広く二人が並んで座っても全く窮屈じゃない。
「起きた? 具合は?」
私はちょっと肩をすくめた。酔っ払ってしまった自分が恥ずかしかったし、幹太に必要以上に迷惑をかけた事はちゃんと分かっていたから。
「…うん、大丈夫、ありがとう。
でも、幹太、ごめんね。
幹太に嫌な思いをさせちゃった…」
幹太は吸っていた煙草を空き缶の底で消し、そのまま蓋を閉めた。そして、私の腕を取り優しく私を支えてベランダからリビングへ移動する。
「明日、早いんだろ? もう寝なきゃ…」
幹太は私をソファに座らせると、冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれた。
「水をたくさん飲まなきゃ、明日の朝、酒が残ってきついから」
私はマグカップに入った水を一気に飲み干した。
頭の中がクリアになっていくのが分かる。
「幹太…
今日、麻生さんが言った事…
私も何となくしか覚えてないけど、気にしなくていいからね。
麻生さんは優しくていい人過ぎて、私だけじゃなくて皆にもあんな感じなの。
だから、あれは、挨拶みたいなものだから…」
私の隣に座った幹太は何も言わない。真夜中の沈黙は、怖さだけが際立って臆病な私を追い詰める。
「あの人がいい人なのは、俺も分かったよ…
寧々の事を好きなのもよく分かった。
俺達が会えなかった時間に、寧々には寧々の時間があって、寧々の事をあんな風にちゃんと考えて思ってくれてる人もいて…」
しばらく黙っていた幹太がやっと喋り出した。でも、いつもの幹太とは違う。
「私は幹太が好き。
麻生さんの何倍も、ううん、比べものにならないくらい幹太が好き。
麻生さんはただの友達、麻生さんもそう言ってた。
だから、何も気にする事はないよ…」
私は何だか不安になって、幹太の右肩に抱きついた。幹太の横顔がとても切なすぎる。
「俺が寧々を愛する気持ちは、誰にも負けない自信もあるし、寧々が俺を愛してくれてるのもちゃんと分かってる。
でも…」
私は幹太の胸の中に顔を埋めた。幹太に抱きしめてもらいたかったから。でも、幹太の腕は動かない。
「幹太… どうしたの…?」
私の声は震えている、幹太を悩ます不安が私に移ったみたいに。
「お互いが愛し合う事はとても大切な事で、でも、それが幸せにつながるとは限らない。
俺は、寧々を想う気持ちは誰にも負けないって思ってるけど、幸せにできるか?って言われたら、それは分からないし自信がない。
これから訪れる困難を、俺達は乗り越えていけるのかな…」
「乗り越えていけるよ。
私は大丈夫、幹太がいてくれるならどんな事でも乗り越えられる」
幹太の悩みを少しでも分かち合いたい。幹太が話してくれるなら。
幹太は私の言葉を聞いて、やっと私を抱きしめてくれた。
「な~んてね…
麻生さんの人柄にちょっと打ちのめされた。
寧々を幸せにするのは、もしかしてこの人なのかもしれないって思った自分があり得ないよな。
寧々を幸せにするのは自分しかいないって、子供の頃から言い聞かせてたのに。
こんな弱気でどうするんだって、マジで自分が嫌になる」
幹太は私の首元に顔を埋めて泣いていた。
幹太はたまにこんな風に涙を見せる。最近、思うようになったのは、きっと私が思い出せない過去の中に、何かがあるという事。
そこに幹太は関わっている。この涙はきっとその時の思い…
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