君の左目

便葉

文字の大きさ
25 / 69

彼の時間 …11

しおりを挟む


麻生さんと今泉さんにさようならを言って、私達はやっと二人きりになれた。
幹太の表情を探る事もできず、完全に酔っ払いの私は言い訳めいた事ばかり幹太に話している。

「とにかく家に帰ろう」

幹太は一言だけそう言うと、ロータリーに待機しているタクシーを呼んだ。
タクシーの中でも幹太は何も言わない。私はその沈黙のせいで眠気が本格的になってきた。あ~、ダメだ、もう寝ちゃいそう…

それからどれくらいの時間が経ったのだろう。幹太の布団の上で寝ていた私は、隣に幹太がいない事で目が覚めた。

「…幹太?」

リビングの明かりは点いていて、でも、テレビが消えているせいで沈黙が怖い。私はズキズキする頭をやっとの思いで持ち上げて、とりあえず布団の上に座ってみた。

すると、ベランダに人影が見えた。窓ガラス越しにしゃがんでいる幹太が見える。幹太は煙草を吸っていた。幹太が煙草を吸う姿は何度も見ている。でも、今の幹太のシルエットは何だか私の胸を締め付けた。

「幹太?」

私はベランダの窓を開けて、幹太の隣にしゃがみ込む。幹太のマンションのベランダは奥行きが広く二人が並んで座っても全く窮屈じゃない。

「起きた? 具合は?」

私はちょっと肩をすくめた。酔っ払ってしまった自分が恥ずかしかったし、幹太に必要以上に迷惑をかけた事はちゃんと分かっていたから。

「…うん、大丈夫、ありがとう。
でも、幹太、ごめんね。
幹太に嫌な思いをさせちゃった…」

幹太は吸っていた煙草を空き缶の底で消し、そのまま蓋を閉めた。そして、私の腕を取り優しく私を支えてベランダからリビングへ移動する。

「明日、早いんだろ? もう寝なきゃ…」

幹太は私をソファに座らせると、冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれた。

「水をたくさん飲まなきゃ、明日の朝、酒が残ってきついから」

私はマグカップに入った水を一気に飲み干した。
頭の中がクリアになっていくのが分かる。

「幹太…
今日、麻生さんが言った事…
私も何となくしか覚えてないけど、気にしなくていいからね。
麻生さんは優しくていい人過ぎて、私だけじゃなくて皆にもあんな感じなの。
だから、あれは、挨拶みたいなものだから…」

私の隣に座った幹太は何も言わない。真夜中の沈黙は、怖さだけが際立って臆病な私を追い詰める。

「あの人がいい人なのは、俺も分かったよ…
寧々の事を好きなのもよく分かった。
俺達が会えなかった時間に、寧々には寧々の時間があって、寧々の事をあんな風にちゃんと考えて思ってくれてる人もいて…」

しばらく黙っていた幹太がやっと喋り出した。でも、いつもの幹太とは違う。

「私は幹太が好き。
麻生さんの何倍も、ううん、比べものにならないくらい幹太が好き。
麻生さんはただの友達、麻生さんもそう言ってた。
だから、何も気にする事はないよ…」

私は何だか不安になって、幹太の右肩に抱きついた。幹太の横顔がとても切なすぎる。

「俺が寧々を愛する気持ちは、誰にも負けない自信もあるし、寧々が俺を愛してくれてるのもちゃんと分かってる。
でも…」

私は幹太の胸の中に顔を埋めた。幹太に抱きしめてもらいたかったから。でも、幹太の腕は動かない。

「幹太… どうしたの…?」

私の声は震えている、幹太を悩ます不安が私に移ったみたいに。

「お互いが愛し合う事はとても大切な事で、でも、それが幸せにつながるとは限らない。
俺は、寧々を想う気持ちは誰にも負けないって思ってるけど、幸せにできるか?って言われたら、それは分からないし自信がない。

これから訪れる困難を、俺達は乗り越えていけるのかな…」

「乗り越えていけるよ。
私は大丈夫、幹太がいてくれるならどんな事でも乗り越えられる」

幹太の悩みを少しでも分かち合いたい。幹太が話してくれるなら。
幹太は私の言葉を聞いて、やっと私を抱きしめてくれた。

「な~んてね…

麻生さんの人柄にちょっと打ちのめされた。
寧々を幸せにするのは、もしかしてこの人なのかもしれないって思った自分があり得ないよな。

寧々を幸せにするのは自分しかいないって、子供の頃から言い聞かせてたのに。
こんな弱気でどうするんだって、マジで自分が嫌になる」

幹太は私の首元に顔を埋めて泣いていた。
幹太はたまにこんな風に涙を見せる。最近、思うようになったのは、きっと私が思い出せない過去の中に、何かがあるという事。
そこに幹太は関わっている。この涙はきっとその時の思い…
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

処理中です...