君の左目

便葉

文字の大きさ
30 / 69

先のない未来 …1

しおりを挟む



小学校の卒業式が一週間後に迫ったある日、優樹菜と雅也と隆志が久しぶりに俺の家へ遊びに来た。


その頃の俺は、前みたいに元気でもやんちゃでもなく普通に毎日を過ごしてた。あの事故からたったのニ年しか経ってなくて、子供特有のすぐに元気になるという仮説はどうやら俺には全く当てはまらなくて、俺は母さん達には悪いと思いながらも、でも、元気が出ないものはマジでどうしようもなかった。

五年、六年とクラス替えはなく担任も変わらず、あの頃のまんまだ。
俺は何回か職員室を訪ねて、寧々が今どうしているのか担任の先生を問い詰めた。

「先生もさっぱり分からないの。幹太、ごめんね…」

何度聞いても同じ答えばかり。俺はある日、校舎裏の花壇を掃除していた校長先生を捕まえて、俺の想いを全部ぶちまけた。

「校長先生、大人って、皆、ズルい。
俺が寧々に大けがを負わせて、寧々にちゃんと謝りたいって思ってるのに、先生達は寧々の今住んでる家の住所を教えてくれません。

子供だからってバカにしてる…
俺は、寧々が今どんな風になってるのか、すごく心配で、寧々に謝りたくてたまらないのに、大人達は誰も何も教えてくれない。

校長先生、お願いします…
俺に、寧々の家の住所を教えて下さい」

俺達のあの事件は、この学校では、いやこの小さな街では有名な出来事だった。
もちろん、校長先生もあの時と変わらないから、全ての事情を知っている。白髪交じりの優しい目をした校長先生は、俺が一生懸命に話す内容を、何度も頷きながらちゃんと聞いてくれた。

「鈴木幹太君!
返事は?」

俺は急に大きな声でそう呼ばれて、慌ててはいと返事をした。

「校長先生は、あの事故以来、幹太君の事をずっと見てるんだぞ」

俺は、あ~と返事をした。そんなの分かってる。あんな事件を起こした犯人だし、先生達が観察してる事はずっと前から気付いていた。

「まだ、元気が出ないのか…?」

思いがけない校長先生の優しい問いかけに、俺の張りつめている心の風船は急激にしぼみ始める。

「渡辺寧々さんの今住んでいる住所は、確かに大人の事情で君たちには教えられない。
幹太君の言うように、大人ってズルいよな。

でも、その大人だって、息ができないくらい苦しんでいるって事を分かってほしいんだ。
寧々さんのお父さんもお母さんも、寧々さんのケガの事で心を痛めて未だに苦しんでいる。

幹太君、よく聞くんだぞ…
何事にもタイミングっていうものが必ずある。
今、幹太君は、寧々さんや寧々さんのご両親にちゃんと謝りたいと思っている。
でも、誰も幹太君に寧々さんの情報を教えてくれない。
そう、それは今がそのタイミングじゃないからだ。
今、幹太君が誠心誠意で寧々さん達に謝っても、それは寧々さん達には何も伝わらないんだ。

いつか、何年先になるか分からないけれど、そういうその時に適したタイミングが必ず来る時がある。
その時にちゃんと謝ればいい…

寧々さんにも、寧々さんのご両親にも、その時なら、幹太君の気持ちがちゃんと伝わるから」

俺の耳に校長先生の話はスーッと入ってきた。
でも、分からない事だらけだ。

「じゃ、先生、そのタイミングっていつ頃ですか?
俺は寧々の事が大好きで、また寧々に会いたいって思ってる。
先生、俺が寧々に会いに行くタイミングはいつですか?
俺は、明日にでも会いに行きたいんだけど…
でも、それは、ダメって事ですよね?」

俺が話している相手は立派な校長先生なのに、何だか唯一俺の事を分かってくれてる大人な気がして、次から次へと質問を並べた。
校長先生、俺を助けて下さいって、心の中で叫びながら…

「じゃ、校長先生が決めていいか?」

俺は藁にもすがる気持ちで大きく頷いた。

「幹太君が、立派な大人になってからがいいな」

大人…? あ~、いつの話だよ。

「立派な大人の意味が分かるか?
ちゃんと仕事をしてお給料をもらって、皆に尊敬されるような大人になる事だ。
その間に、一回も寧々さんに会う機会がなかったら、その時は幹太君から会いに行けばいい。
その時にちゃんと謝ればいいんだ」

「いやだ、先生、長過ぎるよ」

校長先生は大きな声で笑った。

「幹太君、謝りたい気持ちは悪い事じゃない。
ちゃんとここの中で思っていれば、必ずいいタイミングが訪れるから」

校長先生はそう言って、俺の胸を優しく撫でた。

「あと、自分を責めない事。
あれは、どうしようもない事故で、誰も悪くない。
それに、先生は、寧々さんと幹太君がまた友達になれるってそう信じてる。
だから、幹太君も、中学校に上がっても一生懸命何事にも頑張るんだぞ」

小学生の俺にとって、校長先生は一番偉い大人だった。
そんな一番偉い人が、また寧々と友達になれるって言ってくれた。

俺は嬉しくて、校長先生の前で思わず泣いてしまった。
校長先生はそんな俺の頭をポンポンと優しく叩いた。

「頑張るんだぞ、校長先生はいつでも幹太君の味方だからな」

それからの俺は少し元気になれた気がした。
すぐには寧々に会えないけど、必ずいつかは会えるって、校長先生がそう言ってくれたから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。

処理中です...