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彼の真実 …3
しおりを挟む幹太の目は私を通り越して遠くを見ている。私のどの言葉に反応したのか分からないけれど、何だか寂しそうだった。
「幹太…?」
幹太はハッとしたように私を見た。
「そろそろ行こうか… もう時間だから」
幹太はそう言いながらも、立ち上がろうとする私を、もう一度抱きしめた。
「このまま時間が止まってくれればいいのに…」
「うん?」
私が笑顔で聞き返すと、幹太は笑顔で首を横に振った。
「早く行こう。もうお腹ペコペコだし」
私達の幸せな時間は永遠には続かない…
幸せ過ぎる時間の中で、そんなどうしようもない不安が脳裏をよぎった。
でも、それって、恋に落ちた人なら皆感じるものだよね…? 死ぬまで一緒に居たいって、愛し合う二人は必ずそう思う。でも、そんな風に添い遂げられるカップルなんて中々いない。
でも、私は幹太と永遠に一緒にいたい。この世が終わるのなら、その先の来世まで、永遠にいつまでも…
食事を済ませた私達は、ちょっとだけ夜の街を散歩した。夜はまだ肌寒く、幹太は私の肩を抱き寄せたまま離さない。
幹太は明日以降の話は何もしなかった。明日という日が何か大きなストレスになっているのは分かる。だって、それは私も同じだから。
「今日は月が綺麗だな…」
そんな普段は言わない事を口にする幹太は、何だか少し元気がない。
「本当だね。明日もいい天気だって天気予報で言ってた。
私ね、天気のいい日は、不思議といい事があるんだ…」
幹太に元気になってもらいたい。私の思いはただそれだけ。
「そっか、そうだよな。
あの日も天気が良かったら…」
幹太はそう言いかけて口を閉じる。その代わり私の左肩をきつく抱き寄せた。
私は何も言わずに幹太の右側にピタッと寄り添う。
幹太、分かってるよ。
あの日っていうのは、きっと私が事故に遭った日のこと…
幹太を苦しめる私の途切れた記憶を、私は幹太のためにやっつけたいって思うけど、でも、私はその秘められた大きな何かを乗り越える事ができるかな…
「幹太、コンビニで缶酎ハイでも買って帰ろうか…」
「缶酎ハイ?
え~、寧々の介抱はもうしたくないんだけど」
幹太の顔にやっと笑みが戻った。
「もう、そんなに飲まないから、もう一回、乾杯しよう。
今日は、何だか、たくさん乾杯したい気分なんだ」
今日はちょっとだけ酔っぱらって、二人でぐっすり寝よう。
お酒の力を借りなくちゃ、きっと私も幹太も眠れないはずだから。
「幹太、明日、私の記憶が戻らなかったらごめんね…」
幹太は私の顔を覗きこんで、おでこにキスをした。
「そんな事、寧々が謝る事じゃないよ」
知らない街の夜の空気は、何だかひんやりとしてそして鼻につんとくる。今夜のこのひと時が、私達の最後の幸せな時間になりそうで、怖くて幹太の腕に抱きついた。
幹太が好き、幹太を愛している。
これ程の大きな想いがあれば、きっとどんな事でも乗り越えられる。
そう信じて私は前を向いた。
大丈夫、幹太は私の側から消えたりしないと、何度も心にそう言い聞かせながら。
*** *** ***
快晴の日曜日、私と幹太は、ホテルでバイキング形式の朝食を済ませ、九時頃にホテルを出た。今晩もこのホテルに泊まるためチェックアウトはせず、身軽な格好で外へ出た。
空を見上げると雲一つない真っ青な空だ。私は、さっきまで頭の中に居座っていた不安が消えていくのを感じた。
「今日の予定は幹太にお任せでいい?」
電車の中で外の景色を見ながら、私は幹太にそう聞いてみた。
「うん…」
幹太はまだ迷っている。私の頭や体の事を考えて、どうしたらいいのかきっと分からなくなっている。でも、私の中では、引き返すという選択肢はない。幹太には悪いけど、私はもう覚悟はできてるから。どうなってしまうかなんて、その時にならないと分からないじゃない?
って、幹太に言いたいけど、幹太の難しい表情を見ると、そんな風に軽い感じで言える雰囲気じゃなかった。
日曜日のせいか電車の中はとても空いていた。私は幹太の隣でずっと音楽を聴いている。とても静かに時間は流れ、あの頃のまま止まってしまったあの場所へ淡々と私達を導いてくれる。
「寧々、着いたぞ」
幹太の右手は私の左手をしっかりと掴んだ。そして、穏やかな笑みを浮かべると、小さな声で行こうと言った。
改札口を出た私は、その駅の構内をゆっくりと見回す。
「駅は改修工事があったから、昔とは全然変わってると思う。
昔は、もっと小さくてこじんまりとした駅だったんだ」
「そうなんだ…」
私は駅を出た外の風景を見ても、何も思い出さない。何も思い出さないというより、きっとこの駅を使う事が少なかったのだと思う。
私も弟もまだ小さかったあの頃は、出掛ける時は車が多かった。お父さんが運転する車に乗って、遠くにある公園まで出かけたりした事は何となく覚えている。
私は幹太に連れられて、駅からちょっと離れた場所にあるレンタカー屋へ向かった。
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