37 / 69
彼の真実 …5
しおりを挟むそんな風にひとり言を呟く私を、幹太は力強く抱きしめた。私の首元に顔をうずめ何も言わず、ただ静かに抱きしめる。
私も幹太の背中に手を回し、幹太の背中を優しくさすった。幹太は顔を上げると、私に一生懸命笑顔を見せて、ゆっくりとキスをした。
この幹太の切なくて苦し気な笑顔を見るのも、今日で最後にしたい。
私はそんな事を思いながら、幹太に優しくキスを返した。
大丈夫、大丈夫と、幹太と自分自身に言い聞かせながら…
私達は近くにあるファミレスで昼食を済ませた。
「寧々、次に行く場所は、俺達の通った小学校か、寧々の住んでた家か、どっちがいい? 寧々の住んでた家は今は他の人が住んでるけど、でも、あの頃とあまり変わってない。
他にどこか行きたい場所があれば、言ってくれればそこに行くよ」
私は時計を見た。そんなにたくさんの時間があるわけじゃない。
「じゃ、私の住んでた家に行ってみようかな」
「了解」
幹太はそう返事をすると、車をファミレスの駐車場から出した。
「これからの風景は、見覚えのある街並みが続くと思う。
もし、具合とか悪くなったら、すぐに俺に言うんだぞ」
私は小さく頷いて、すぐに外の風景に目をやった。
半分怖いけど、半分楽しみだったりする。だって、私が大好きだった小学校に、そして幹太達と過ごした楽しかったはずのあの街にも、久しぶりに帰れるから。
私は、ある交差点を境に子供の頃の記憶が湯水のように湧いて来た。でも、それは、元々、頭の中にある記憶達で消えてしまったものではない。車の窓を開けてその街並みをじっくりと見てみる。変わってしまった場所もたくさんあるけれど、私の記憶に残っている街並みと大体は一緒だった。
記憶の蓋がカタカタ鳴り出す違和感も、今のところは何もない。私は、ただ懐かしさだけで胸が一杯だった。
幹太はコンビニに車を止めた。そして、すぐに私の顔を覗きこみ、大丈夫か?と聞いてくる。
「うん、全然、大丈夫!
何だか、懐かしさで胸がいっぱい…
さっきの交差点からが、きっと、私達の行動範囲だったんだよね?
それと、このコンビニは、私がいた時にはなかったよね?」
恥ずかしながら、私は興奮気味に、そして矢継ぎ早に幹太に質問をした。
幹太はそんな私を見て、安堵の表情を浮かべてそっと笑う。
「大丈夫そうだったら、ここからは歩いて寧々の家まで行こう。
そこの角を曲がったらすぐだから。
そして、それでも大丈夫そうだったら、その後に学校まで行ってみようか?」
私は大きく頷いた。今の私は、懐かしさと嬉しさが際立って、本当の目的を忘れている。でも、幹太の私を見る目は、それでもいいんだよって私を大きく包み込んでくれた。
車から外へ出るとまだ太陽は燦燦と降り注いでいて、私は大きく深呼吸をした。
とにかくここへ来れた幸せを噛みしめよう。
私達は車を近くのコインパーキングに停めて、私の以前住んでいた家へ向かって歩き出した。コンビニができたせいで、大きな通りの風景は少し変わって見えるけれど、でも、あの路地を曲がれば、きっと、あの頃の記憶のままのはず。
その細い道路に入る手前で、幹太は私の手を強く握った。そして、何も言わずに今までの歩幅で歩いて行く。
「あ…」
私は路地に入り、三軒目の家だということをすぐに思い出した。道路沿いの塀からキンモクセイの木が見えたから。そして、通常、秋にしか花を咲かせないキンモクセイなのに、ほんのりといい香りがした。
「この庭に生えているキンモクセイは、年によって二回花を咲かせるみたい」
キンモクセイの木の下で、そんな会話をお母さんとした事を思い出す。今年は、春にもちょっとだけ花を咲かせてくれた。
まるで、今日来る私達を知っていたみたいで、私は胸が熱くなった。
白い壁の二階建ての可愛らしい家だった。壁を塗り直したのか、あの頃となんら変わりはない。
通りを挟んで向かい側から、幹太とその家を観察した。新しい住人に迷惑が掛からないよう、遠くからそっと。
「寧々、大丈夫?」
心配性の幹太は、何度もそう聞いてくる。
「うん、今のところ何の変化もなし。
この家を見て懐かしいな~って思うくらい。
キンモクセイの花の匂いもちゃんと覚えてるし、この家の中の間取りもしっかり覚えてる」
私は、本当に、自分の記憶が消えて無くなっているのか分からなくなっていた。記憶なんて皆曖昧なもので、ちゃんと覚えているものもあれば、何も覚えていないものもある。
自分の頭の中を覗いて見れるわけでもないし、私がただ思っているだけで、元々消えた記憶なんて無いのかもしれない。そう思い始めたら、何だか急激に楽観的になってきた。
「幹太…
私、このまま、普通かもしれない。
自分の中で勝手に記憶が消えたなんて大騒ぎしているだけで、最初から消えた記憶なんてないのかもしれない」
私は本当にそう思っていた。この家を見ても、街並みを見ても、私の頭の中は変わらずに平静で、あの以前体感したカタカタ鳴る異様な感じは、ただの自分の思い込みだったのかもしれないと思える。
0
あなたにおすすめの小説
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる