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彼の真実 …5
しおりを挟むそんな風にひとり言を呟く私を、幹太は力強く抱きしめた。私の首元に顔をうずめ何も言わず、ただ静かに抱きしめる。
私も幹太の背中に手を回し、幹太の背中を優しくさすった。幹太は顔を上げると、私に一生懸命笑顔を見せて、ゆっくりとキスをした。
この幹太の切なくて苦し気な笑顔を見るのも、今日で最後にしたい。
私はそんな事を思いながら、幹太に優しくキスを返した。
大丈夫、大丈夫と、幹太と自分自身に言い聞かせながら…
私達は近くにあるファミレスで昼食を済ませた。
「寧々、次に行く場所は、俺達の通った小学校か、寧々の住んでた家か、どっちがいい? 寧々の住んでた家は今は他の人が住んでるけど、でも、あの頃とあまり変わってない。
他にどこか行きたい場所があれば、言ってくれればそこに行くよ」
私は時計を見た。そんなにたくさんの時間があるわけじゃない。
「じゃ、私の住んでた家に行ってみようかな」
「了解」
幹太はそう返事をすると、車をファミレスの駐車場から出した。
「これからの風景は、見覚えのある街並みが続くと思う。
もし、具合とか悪くなったら、すぐに俺に言うんだぞ」
私は小さく頷いて、すぐに外の風景に目をやった。
半分怖いけど、半分楽しみだったりする。だって、私が大好きだった小学校に、そして幹太達と過ごした楽しかったはずのあの街にも、久しぶりに帰れるから。
私は、ある交差点を境に子供の頃の記憶が湯水のように湧いて来た。でも、それは、元々、頭の中にある記憶達で消えてしまったものではない。車の窓を開けてその街並みをじっくりと見てみる。変わってしまった場所もたくさんあるけれど、私の記憶に残っている街並みと大体は一緒だった。
記憶の蓋がカタカタ鳴り出す違和感も、今のところは何もない。私は、ただ懐かしさだけで胸が一杯だった。
幹太はコンビニに車を止めた。そして、すぐに私の顔を覗きこみ、大丈夫か?と聞いてくる。
「うん、全然、大丈夫!
何だか、懐かしさで胸がいっぱい…
さっきの交差点からが、きっと、私達の行動範囲だったんだよね?
それと、このコンビニは、私がいた時にはなかったよね?」
恥ずかしながら、私は興奮気味に、そして矢継ぎ早に幹太に質問をした。
幹太はそんな私を見て、安堵の表情を浮かべてそっと笑う。
「大丈夫そうだったら、ここからは歩いて寧々の家まで行こう。
そこの角を曲がったらすぐだから。
そして、それでも大丈夫そうだったら、その後に学校まで行ってみようか?」
私は大きく頷いた。今の私は、懐かしさと嬉しさが際立って、本当の目的を忘れている。でも、幹太の私を見る目は、それでもいいんだよって私を大きく包み込んでくれた。
車から外へ出るとまだ太陽は燦燦と降り注いでいて、私は大きく深呼吸をした。
とにかくここへ来れた幸せを噛みしめよう。
私達は車を近くのコインパーキングに停めて、私の以前住んでいた家へ向かって歩き出した。コンビニができたせいで、大きな通りの風景は少し変わって見えるけれど、でも、あの路地を曲がれば、きっと、あの頃の記憶のままのはず。
その細い道路に入る手前で、幹太は私の手を強く握った。そして、何も言わずに今までの歩幅で歩いて行く。
「あ…」
私は路地に入り、三軒目の家だということをすぐに思い出した。道路沿いの塀からキンモクセイの木が見えたから。そして、通常、秋にしか花を咲かせないキンモクセイなのに、ほんのりといい香りがした。
「この庭に生えているキンモクセイは、年によって二回花を咲かせるみたい」
キンモクセイの木の下で、そんな会話をお母さんとした事を思い出す。今年は、春にもちょっとだけ花を咲かせてくれた。
まるで、今日来る私達を知っていたみたいで、私は胸が熱くなった。
白い壁の二階建ての可愛らしい家だった。壁を塗り直したのか、あの頃となんら変わりはない。
通りを挟んで向かい側から、幹太とその家を観察した。新しい住人に迷惑が掛からないよう、遠くからそっと。
「寧々、大丈夫?」
心配性の幹太は、何度もそう聞いてくる。
「うん、今のところ何の変化もなし。
この家を見て懐かしいな~って思うくらい。
キンモクセイの花の匂いもちゃんと覚えてるし、この家の中の間取りもしっかり覚えてる」
私は、本当に、自分の記憶が消えて無くなっているのか分からなくなっていた。記憶なんて皆曖昧なもので、ちゃんと覚えているものもあれば、何も覚えていないものもある。
自分の頭の中を覗いて見れるわけでもないし、私がただ思っているだけで、元々消えた記憶なんて無いのかもしれない。そう思い始めたら、何だか急激に楽観的になってきた。
「幹太…
私、このまま、普通かもしれない。
自分の中で勝手に記憶が消えたなんて大騒ぎしているだけで、最初から消えた記憶なんてないのかもしれない」
私は本当にそう思っていた。この家を見ても、街並みを見ても、私の頭の中は変わらずに平静で、あの以前体感したカタカタ鳴る異様な感じは、ただの自分の思い込みだったのかもしれないと思える。
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