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彼の真実 …6
しおりを挟むでも、幹太は違った。
私の肩を抱き寄せて、いつもより厳しい顔をしている。
「それは全部見終わってから考えよう…
じゃ、そろそろ、学校へ行ってみるか…?」
幹太の声に明るさはない。私の事故を知っている幹太は悲しい位に正直で、正直過ぎる幹太の表情は、私の心臓に警告音を鳴らす。
そして、私達は学校へ向かった。子供の頃、通学路として使っていた道をたどっていく。
「幹太の家も近くだよね?」
幹太は頷くだけだった。
日曜日の学校付近は人影もなくガランとしている。
あの角の向こうに私達が通った学校が見えた。私は思わず走り出す。そうやって、いつも大好きな学校へ通った。
幼かった頃の私は、あの角が見えてきたら嬉しくてつい走り出すた。早く、幹太達の居る学校へ行きたくて…
夢中で走る私の後を追って、幹太も走ってくる。
「寧々!」
幹太はそう言うと、私の左手を掴んだ。
「走らないで、転んだらたいへんだろ?」
「そっか… そうだね…」
そうだ、あの頃の私と今の私は違う。左目が見えなくなってからは、走る事は控えるように言われていた。バランス感覚が保てないからとか、左側にある突起物とかが見えないからとか、そういう理由で私は走る事を諦めた。
夢中で走っていた子供の頃の私は、もうここにはいない。
ちょっとだけ浮足立っていた心にブレーキがかかった。ここに置いてきた思い出の中に、走ったり飛び跳ねたり転んだり元気でやんちゃな私がいる。
左の世界も全てが鮮明に見えていた、将来を夢見る渡辺寧々という女の子…
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか校門の前に着いていた。
「寧々?」
幹太は私の変化に気付いている。
「入るのやめようか…?」
私はざわつく心を落ち着かせる。ここに来た意味をもう一度自分に言い聞かす。
幹太と一緒に未来を歩みたい…
「ううん、大丈夫。問題ないよ」
幹太は無理に微笑んで、私の頬を撫でる。
幹太は正門の横にある通用口の方から中へ入った。私も幹太の後ろに付いて行く。校門から中へ入ったすぐの場所に円形の花壇がある。それは今も昔も変わらない。今は春の花々が花壇を埋め尽くしていた。
「校舎は鍵がかかって入れないみたいだから、校庭の方に行ってみよう」
私達は校庭の方へ行ってみた。夕方に近いお昼の時間だけあって、何人か子供達が遊んでいる。中には、お父さんと子供のペアでキャッチボールをしている親子もいる。
幹太は私を連れて校庭の一番奥の古タイヤが並んでいる場所へ向かった。その場所にはタイヤでできたベンチがあって、幹太はそこに私を座らせた。
「ここなら、校庭も校舎も学校の全てが見渡せる。
三十分くらいここでゆっくりしようか…」
私は確実に私の中で異変を感じていた。それはスローモーションのようにゆっくりと訪れる。校庭を見渡す私の目に映る景色は、まるで古いタイプのデジカメみたいに、一枚ずつの画像となって脳に運ばれていく。
記憶の蓋の音が遠くから聞こえる。カタカタと感じる不穏な響きは私の呼吸を荒くした。
「寧々、大丈夫か?
ほら、ゆっくりと瞬きをして…
俺が見えるか? 俺を見て、そして深呼吸をするんだ」
きっと、私の左目は動いていない。
こんな風に精神が乱れた時は、左目の動きにまで気を回せないから。
でも、私以外の人間はその変化で私の異常を感じ取る。
私は幹太の言う通りに、幹太の手を強く握りしめながら必死に息を整えた。幹太の目を見つめる事で冷静さを取り戻していくのが分かる。
「幹太…
大丈夫だから…
別に何かを思い出したわけじゃないの。
でも、何かを思い出そうとしているのは分かる。
私の頭の中に蓋があるのなら、カタカタって開きたがっている」
幹太は私の顔をジッと見ている。きっと、もう連れて帰りたいと思ってるに違いない。それは口には出さないけれど。
「どうする…?
俺は、寧々に合わせるよ。
でも、寧々が苦しかったり辛かったりするんだったら、今回はここまでにして、また次回にこの街を訪れてもいいんじゃないかって思ってる」
私はすぐに首を横に振った。
「嫌だ…
思い出せるのなら、思い出したい。
それがどんなに辛い記憶だったとしても…」
幹太は私の手の甲をポンポンと叩いた。きっと、言葉には出さないけれど、分かったって、私と自分自身に言い聞かせている。
「私が、唯一、覚えてるこの校庭での記憶は、四年生か三年生の時の運動会。
借り物競争かなにかで、幹太が私を探しに来たんだよね?
私を連れて走って、その組では一等賞だった。
ねえ、あの時、封筒の中身は何て書いてあったの?
確か、あの時も、幹太は教えてくれなかった」
幹太は恥ずかしそうに笑ってる。
遠い記憶を呼び起こしてあの頃の幹太に戻ったみたいに。
「あの封筒の中身は、実はクエスチョンマークが書いてあったんだ。
先生にこれ何ですか?って聞いたら、何でもいいって。
何でもいいんだったら、寧々でしょ!って、ガキの頃の俺は迷いもなく寧々を探しに行った。
その頃から寧々が大好きだったんだよな…
そういう意味では、俺って全く成長がない」
私は、笑いながら話す幹太の腕に抱きついた。
幹太の話が素敵過ぎて、何だか胸が熱くなる。
「幹太…
やっぱり、私、色々な事を思い出したい…
きっと、嬉しい思い出や楽しい思い出もたくさんあるはずだもん」
「…そうだな」
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