君の左目

便葉

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彼の真実 …7

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私は、高い空を見上げて、この学校の空気を胸一杯吸い込んだ。
まだ、頭の奥の方ではカタカタと気持ちの悪い音が聞こえるけど、その音に気を取られないようこの学校の風景を目に焼き付けた。
校門から校庭は一番奥の方にあり、その間に三階建ての校舎がある。

「あ、確か、私達が五年生になった時、初めて三階の教室になったんだ」

私は嬉しい反面、戸惑っていた。だって、この記憶は急に現れた。
パラパラ漫画みたいに、私と優樹菜が楽しそうに階段を上って五年二組の教室へ向かっていく姿がゆっくりと浮き出てくる。

「五年二組…
あ、幹太もいる。
幹太と同じクラスになれて、私も幹太もめっちゃ喜んでる…」

「寧々!」

私は幹太の呼ぶ声で、ハッと我に返った。

「今、寧々の頭の中はどんななってる?」

幹太の目は何だか恐怖に怯えている。

「別に痛くも痒くも何ともない。何て言ったらいいんだろう。
動画っていうより、写真が秒刻みで現れてくるみたいな。
でも、これが何の記憶なのかは分からない。
消えた記憶なのか、眠ってた記憶なのか、それか、ただそこに普通にあった記憶なのか。
でも、五年生の頃を思い出したのは、初めて…

ねえ、私、五年生って、何月までここに居たんだっけ?」

私を見つめる幹太は、私のその質問を聞くとパッと目を逸らした。幹太のその表情で、私の記憶が甦っていることが分かった。

「ねえ、幹太…
私、何月までここに居たの…?」

幹太は急に立ち上がった。そして、横たわっているタイヤの上をポンポンと歩き出す。
タイヤの山のあるこのエリアは、子供達の中で一番人気のある遊び場だった。いつも高学年の子達が占領していて、四年生以下の子供達は遊ぶ事ができない。

私は幹太をジッと見つめながら、左目にもう一人の幹太が映っている事に気付いた。
ぼんやりとした七色の世界に、幼い幹太が動き出す。このタイヤの山を我が物顔で歩いている。それは、五年生になったばかりの幹太。勝気な幹太に六年生は何も言えない。

「五年二組以外は遊んじゃダメ。
俺がこの場所を取ったんだから」

私はクスッと笑った。
私が大好きだった幹太… 
強くて、たくましくて、やんちゃで、私には優しくて…
右目に見える大人の幹太は、あの頃の面影がたくさん残っている。
それは何も変わらない。強くて、たくましくて、私の事をいつも守ってくれて…

「寧々!」

私はまたハッとした。幹太はもう私の目の前にいる。
私は今、一体何を見てたのだろう…

「幹太、ヤバい…
五年生の記憶がどんどん戻ってきてる。
今なんか、私の左目は五年生の幹太を見てた。ぼんやりとした世界に、五年生の幹太がそのタイヤの上に立ってて、強気な態度で、六年生に生意気な事言ってた」

私は今の幹太の顔をジッと見た。この幹太が現実の世界を生きている幹太で、あの可愛らしい幹太は、私の記憶の中で生きている幹太。

「ねえ、幹太…
私、いつまでこの学校に居たの?」

どうしてもその事柄にこだわってしまう自分が不思議だった。まるで、推理小説を解くための鍵みたいな、そんな気がして聞かずにはいられない。
幹太は私の体を起こし、校庭の更に奥の方へ歩き出す。

「まだ、秘密のトンネルがあるか、確かめに行こう」

幹太は上手に話をそらした。でも、秘密のトンネルというワードに私の好奇心は持っていかれる。

「あ、ちゃんとした出入口になってる」

金網のフェンスの中に取って付けたような小さな扉があった。今日は南京錠でしっかりと鍵がかかっている。

「以前はさ、ここの金網が破れてて隣の公園にすぐ行けたんだ。
公園の隣は団地だろ? 
だから、団地に住んでる友達の家に、昼休みを使って遊びに行ったりしてた」

「勝手に学校から出てたの?」

幹太は笑いながら頷いた。

「幹太って本当にやんちゃだったもんね。
なんか、世界は自分を中心に回ってるみたいな?」

幹太は大笑いした後、一瞬、寂しそうな顔をする。

「そのまま大人になってれば、どんなに良かったかな…」

私の頭の中は、カタカタと、とにかくうるさかった。でも、幹太の言葉が気になって幹太に寄り添って手を繋いだ。

「あの頃は怖いものなんて何もなかった…
でも、今は、怖いものだらけで、マジで嫌になる。
世界が俺の好きなように動いてくれたら、どんなにいいだろう」

幹太は私の手をきつく握りしめて、そろそろ帰ろうか?って聞いてきた。
私は自分の事ばかり考えていた事にやっと気付いた。早く記憶を取り戻したいって、その事ばかり考えていた。私の中で消えてしまった過去は、消えてしまうほどの何か大きな理由があって、その理由に幹太は苦しんでいる。
でも、その先の幹太を、私は思いやる事を忘れていた。幹太がよく泣いてしまう事や、たまに見せる苦悩の表情や、私に執着する強い気持ちや、それには全て理由があって、そこまで考える余裕がなかった。

今の世界は怖いものだらけだって、そんな事を言うらしくない幹太が今ここにいる。

「幹太はさ、私の記憶が戻る事をどう思ってる?」
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